文化・芸術

2008年12月 6日 (土)

日本経済同友会代表幹事、牛尾治朗氏の講演を聴きました。

牛尾治朗氏 はウシオ電機の会長で日本を代表する経財界人のひとりです。
牛尾氏の講演を聴く事が出来た機会は、今から約30年前、青年会議所時代に講演を聴いて以来、今日までご教導頂いている、林達夫先輩(会社はアークデザインで経済同友会幹事)を囲む会、「鬼林会」ででした。
林達夫先輩は40歳の定年がある青年会議所の現役時代は勿論の事、卒業されてからも林先輩を慕う全国のメンバーが集う「鬼林会」を開催し、年に1度の会ですが今年で第35回を数えており、林先輩は74歳になっておりましたが現在も講演活動を続けておられて、最新情報で1,402回の講演会を終えたとの事でした。
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P1001416 林先輩の講演はまず、「無法松の一生」を一曲気持ちよさそうに歌ってから始まる独特のスタイルで「浪花節的人生観」を分かり易く、楽しく講演して下さいます。初めて聞いた時には驚きますが講演の内容がズーと心に残ります。機会を得て2度3度と聴き、5回10回聴いても話の内容は変わりませんが私にはとても印象深い講演でした。私は林先輩からのメッセージは「貴方は今、全力で生きていますか?」と受け止めております。
そのご縁で、牛尾治朗氏の講演を数回聴かせて頂きました。

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P1001415 私が名刺を差し出してご挨拶させて頂きましたら「秋田県か、辻兵吉(秋田県商工会議所前会頭)さんが亡くなられた時に、秋田さきがけ新聞から依頼を受けて追悼のことばを書いたよ」との事でした。
勿論私は「その記事を読みました」と答えて、しばし懇談。
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P1001417 牛尾氏のこれまで聴いた講演の中で私が最も印象深かったのは「アメリカから日本に電話すると3分間30円なのに日本からアメリカに電話を掛けると3分間360円だった。これ程大きな通信料金格差があっては世界経済に対して互して戦えないと、当時国際電話はKDDの独占事業だったのに対抗し、同志を募って第二電電を創設して国際通信料金の解消に努めた」との部分です。
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この日の講演も最新の経済状況を解説され、レポート用紙5枚にメモを取りましたが、その一部のみ記載致します。
・アメリカで黒人系のオバマ大統領が誕生する事を世界は驚愕している。オバマ大統領をヨーロッパは後押しする事になるだろうし、中国でも人民日報で「アメリカの民主主義は本物だ」と驚きを隠さず報じている。それに比べて日本ではこの事の重大さを強く受け止めていない、政治に対して鈍感になっている。
・アメリカ政府は証券会社のリーマンブラザーズの経営悪化に対して公的援助をせず、破綻させたが、自動車メーカーのビックスリーの経営危機はアメリカ国内に於いても1証券会社と1自動車メーカーとでは影響を受ける米国民の数と金額は比較にならない程多く、アメリカ政府の公的資金投入の可否が世界経済に及ぼす影響は大きい。1月の中旬にその方向性が示されるであろう。
・今日のアメリカ発の世界経済不況はアメリカ国内のごく僅かなモラルを失った投機筋が元凶だ、等々、書ききれません。

講演の最後には、講演前に渡された経営者の心得のメモの解説でした。

1.「将(おく)ラズ、迎(むか)エズ、応(おう)ジテ而(しか)シテ蔵(おさ)メズ」・・・・・・・荘子
解説は、「クヨクヨするな、問題を迎え入れるな、得意分野を伸ばせ、心に残すな」

2.「水至リテ渠(きょ)成ルガ如シ」・・・・・・・・・・范成大
解説は「水の流れをよく見て堤防を作れ、弱い部分を補強せよ、決して逆流を起こす様な水路を造ってはならない」

3.「北辰居其所(ほくしんそのところにいて)、而衆星共之(しこうしてしゅうせいこれにしたがう)」
解説は「北極星の様に不動の位置に身を置けば、周りの星達は従う」
更に解説を加えられ、之(したがう)とは両袖に手を入れて頭上に掲げる、中国流の挨拶の様を表す、
との事でした。

私にとっては貴重な講演を拝聴させて頂きましたし、私自身の充電の時間でした。

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2008年4月19日 (土)

秋田県立美術館と(財)平野政吉美術館

秋田県立美術館は経年劣化が進み、現在の耐震基準も満たしていない事から、現地での補強改築か、又は現地での新築建設か、はたまた、お堀を隔てた近隣の秋田市中央街区再開発事業に合わせて、移転新築ビルへの入居か?と県民の意見も割れていたのでしたが、この美術館を運営管理する指定管理者である、(財)平野政吉美術館の理事会で移転し、再開発事業への参加を決定して、これまでなかなか進められなかった秋田市中央街区再開発事業が1歩進む事になりました。
私は久し振りにこの美術館を訪問して暫しの美術鑑賞をしました。
千秋公園の堀端に建つ秋田県立美術館Nec_0394 は昭和42年5月5日に開館しました。
双曲線を描く屋根が公園の樹木を背景にそびえ、美術館の建物を特徴づけています。
秋田県立美術館1階の美術ホールは、県民のための貸しギャラリーです。創作発表の場として利用され、生涯学習や芸術文化活動の拠点ともなっています。
2・3階は財団法人平野政吉美術館所蔵作品の展示室です。「秋田の行事」をはじめとする藤田嗣治の作品やヨーロッパの絵画を常設展示しています。
平成18年度からは、財団法人平野政吉美術館秋田県立美術館の指定管理者に指定され、美術館全体の運営にあたっています。
秋田県立美術館を維持運営する指定管理者の財団法人平野政吉美術館について
Nec_0396
財団法人平野政吉美術館「青少年が豊かな人間に」と、平野政吉(明治28年~平成元年 1895~1989)が収集した美術品の内から320点を寄付し、昭和42年(1967)に開館しました。Nec_0397
平野は、秋田県内有数の大地主の長男として秋田市に生まれ、若い頃は画家志望でした。また、わが国初期の航空界に夢を抱き、飛行機の操縦に熱中し墜落もしています。しかし、美術への愛着は強く、10代から93歳で亡くなるまで収集の情熱は衰えませんでした。浮世絵、陶器…等々を集めましたが、特に藤田嗣治との交友から貴重な代表作を所有しました。
藤田嗣治(レオナール・フジタ)は、東京美術学校を卒業後、フランスに渡り、モディリアニらとともにエコール・ド・パリの代表的画家として活躍しました
平成18年には藤田嗣治の生誕120年の年でした。
平野が寄贈した現在の館蔵品は
○藤田嗣治作品とその遺品資料
○西欧絵画
○秋田蘭画など日本初期洋画
○明治初期洋画○中国絵画など5分野で601点です。
この美術館の目玉作品は「世界のフジタ」と称される藤田嗣治作の
油絵「秋田の行事」があります。
上記のホームページの中から「美術館内風景の大展示室(2階)」をご覧下さい。
南側から見た油絵がありますが鑑賞している人が小さく見えるのがおわかり頂けますでしょうか。
「秋田の行事」は、高さ3.65m×横幅20.50mの壮大な油絵です。
カンバス張りでは、20世紀世界最大といわれる「秋田の行事」は1937年(昭和12年)美術館建設を計画していた平野政吉氏の依頼で描かれたもので、氏の為書きとなっています。
製作後30年目に初めて、本美術館で公開された。素朴、豊潤な秋田の風土と「秋祭り」「梵天」「竿灯」を静動対照的に描き分けながら当時の秋田風俗を描き尽くしている。
しかもこの大作をわずか174時間(15日間)で完成、「この記録は永遠に破られないであろう」と作者はその健筆を誇った、と説明されております。
この大作は近い将来、秋田市中央街区再開発事業により、近代的なビルの中に最大級の待遇を施した大ホールに展示される事になります。

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