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2014年11月 7日 (金)

矢島のお寺めぐり---(by 矢島っ子)

城下町である矢島には、お寺が6件あります。

そのお寺をめぐってみると、普段何気なく見ていた寺が厳かだったり、風情があったりしてなかなかおもしろいです。

まずは、鳥海山・福王寺(真言宗)

鳥海山修験信仰の開祖で、理源大師(京都醍醐寺三寛院尊師)を学頭として和銅5年(712年)に開創されたとも言われております。矢島修験十八坊の組織の支配者で、鳥海山の別当の役をなして代々が領主生駒氏の祈願所となっておりました。

現住職は、三船昭英氏86世です。和銅5年(712年)開創が真実であるならば、1300年もの歴史を持つお寺ということです。

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ここには、「由利本荘市指定有形文化財」の宝篋印塔があります。宝篋印塔の構造には決まりごとがあり、福王寺のもその組み方にしたがって設立されています。

宝篋とは、「宝経を蔵する箱」のこととされ、内部に宝篋印陀羅尼を納めたものです。

陀羅尼とは、「一切如来の全身舎利の功徳を集めた呪で四十句からなる」とされ、この塔を礼拝することで「罪障を消滅し苦を免れ長寿を得る」と言われる信仰です。

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金嶺山・龍源寺(曹洞宗)

由利十二頭の一人、打越左近光隆が元和9年(1623)開創したお寺です。二代目光久に後継が無かった為に、一時庄内藩預かりとなりました。光久没し後5年目に生駒高俊公が矢島に移封となり、その時から龍源寺は生駒家の菩提寺となりました。

見学に来るとみなさん驚かれるのが、大きな萱ぶき屋根です。しかも向拝の萱が途切れずにきれいにつながっておりますのはとても珍しい造りです。

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山門には仁王像もおります。

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佐藤県議の菩提寺であります
嶺松山・高建寺(曹洞宗)

1427年(応永三十四年)、傑堂能勝禅師(けつどうのうしょうぜんじ)によって開創されました。

傑堂能勝禅師とは、楠木正成の四男正儀(まさのり)の嫡男です。敵の流れ矢を受け膝を負傷したため、再び武将になることは難しいと悟り、禅の道に入ったとされる人物です。

開基は、安土桃山時代に矢島を治めた由利十二頭の一人、大井五郎満安公です。

高建寺の仁王像は、安永年間(1772~1781)、京都から海路西目浜(現由利本荘市)に到着し、荷馬車で運ばれたという233年もの間山門を守っておられます。

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信行山・広祐寺(真言宗)

開祖は、往相院釈広祐という方で、お寺の名前になっております。広祐の父(広西)が浄土真宗に帰依して出家。寛文11年(1671)に父没後、父(広西)の意思を継ぎ一寺を建立し、官を賜り信行山・広祐寺と命名されたお寺です。

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大雄山 祥雲寺(曹洞宗)

仁賀保町の禅林寺14世心翁全達和尚によって慶長9年(1604)矢島町川辺に開創されましたが、元禄元年(1688)龍源寺役院欠乏によりこの地に移り今日に至ります。

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正明山 寿慶寺(日蓮宗)

創立元禄15年(1702)開山。
開基は生駒殿頭親輿といわれ、生駒家の祈願所でした。また、鳥海山登山道に通じる道でありましたので戌辰戦争で庄内軍が鳥海山頂越えの奇襲の際、この寺まできて八森陣屋を責めた場所で、古戦場跡でもあります。

桂小路からこの急峻な坂を登ると寿慶寺があります。

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いかがですか。お寺によって趣が異なり、一寺、一寺をじっくりとめぐってみるのも矢島の歴史を感じられていいかもしれません。

是非、矢島までお寺めぐりにおいでくださいませ~scissors

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