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2008年5月

2008年5月31日 (土)

本荘由利森林組合の総代会に出席しました。

由利本荘市とにかほ市の山林所有者で組織する本荘由利森林組合の第14回通常総代会が開催されて出席して参りました。
Nec_0549
組合員数は5,845人で総代300人、その内約200名の出席の下に開催されました。
総代会はまず代表理事組合長 小松佳和氏からご挨拶があり「国内の木材環境は依然として厳しいものがありますが、森林組合は役職員が全力を挙げて各種の事業を進めて参ります」との内容でした。
*

Nec_0547 続けて来賓4名から祝辞がありました。
次に議長が選任されて議案が上程されました。

*
議案第 1号 平成19年度業務報告書(貸借対照表・損益計算書・損失処理案)の承認について
議案第 2号 平成20年度事業計画の設定について
議案第 3号 平成20年度付加金の徴収について
議案第 4号 平成20年度役員報酬について
議案第 5号 役員退職慰労金の支給について
議案第 6号 一組合員に対する貸付金の最高限度について
議案第 7号 借入金の最高限度について(借入限度額 10億円)
議案第 8号 一組合員に対する債務保証の最高限度額について(限度額 500万円)
議案第 9号 余裕金の預入先について
議案第10号 定款の一部改正について
議案第11号 定款付属書林地供給事業実施規定の一部改正について

でありました。
Nec_0548
まずそれぞれの議案を執行部が説明し、総代からの質問と組合長及び役員からの答弁があり、その結果全ての議案が賛成多数を持って承認されました。
先人の努力により秋田県は杉の人工造林面積が日本一です。
およそ10年後にはいよいよ伐期を迎えますが、現在の木材価格の低迷を考えると手放しに喜ばれる現状ではありません
しかし、確実に生育し、再生産出来る資源である木材の価値を高める事も森林組合の大きな役割です。
秋田県では今年から全県民から森林環境税(県民一人年額800円)の徴収も行われて、森林環境保全の為に活用されます。
世界的な今日的課題である、地球温暖化対策そして2酸化炭素吸収など森林の持つ役割は大きなものがありますので、県民からも森林の役割をよりご理解頂きたいものだと思いました。

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2008年5月30日 (金)

医師不足について調査しました。

43711447770483 昨日、県立病院の独立行政法人化の説明の中でも、再三にわたり「医師不足」との説明がありましたので、インターネットで調査をしてみました。
「医師不足」とのキーワードで多くの意見や解説がありましたが、私の比較検討では、フリー百科事典『ウィキペディア』が分かり易く、客観的な説明でしたので、少しずつ転記して紹介致します。

医師不足の概要
日本国内においては、医学部を卒業し医師国家試験に合格することにより医籍に登録され、医師として活動することが出来る。もし、その数が増えすぎた場合、医師及び病院の間で過当競争が生まれてしまう。1975年(昭和50年)前後に各県一医大の構想及び私立新設医学部の急増により医学部入学定員が大幅に増やされ逆に現実的に医師過剰が危惧されたため1984年(昭和59年)以降、医学部の定員を最大時に比べて7%減らした。これにより医師一人あたりの収入の低下を防ぐことはできたものの、新臨床研修医制度の影響などにもより逆に昨今医療の場においては、医師の不足が叫ばれるようになってしまった。

医師不足は
医師の絶対数の不足
病院での必要医師数の不足
地域偏在による不足
診療科に属する医師の需給不均衡による不足

の4点に構成される。

厚生労働省の見解は
厚生労働省は「医師不足はなく、偏在しているだけである」という見解である。

医師の絶対数の不足
日本国内における医師の数は2005年(平成17年)現在、約29万人と言われている[厚生労働省HPより]。
これはOECD(経済協力開発機構)加盟国の平均以下の医師数しかおらず、OECDの平均と比較すると医師数の絶対数は不足していると言える。しかしWHO(世界保健機関)は日本の医療に対し高い評価を与えている。
9219311862647571 現実は医師不足の解決としては、個々の医師の勤務時間の超過、頻回の当直などを個々の医療従事者の高い使命感や努力に支えられているのが実情である。
また女性医師が増え、結婚、出産、子育てなどと医療との両立させる環境が整っていない場合が多く、結果として臨床の現場に復帰できずに家庭に入ってしまうケースがある。そのために現場に出ている医師の数が減少している。

調査報告は次回に続きます。

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2008年5月29日 (木)

県立病院の地方独立法人化に関する意見交換会

政党懇談会があった同じ日に、表記の会議がありました。
説明者は

秋田県健康福祉部 谷田部知一部長、

脳血管研究センター 安井信之所長、

リハビリテーション・精神医療センター 千田富義所長、

健康福祉部 板波 静一次長、石井有良次長、

福祉政策課 市川講二課長、〃 佐藤寿美政策監、

医務薬事課 高橋浩課長、

県立病院改革推進室 鈴木哲弥室長、

脳血管研究センター 藤田俊吉事務部長、〃 照井孔誠事務部次長、

リハビリテーション・精神医療センター 佐藤浩二事務部長の計12名が、私が所属している自民党控え室に訪問しての説明がありました。
Nec_0147_2 まず、健康福祉部長から
1,県立病院の地方独立法人化の必要性と効果について 
2,地方独立法人化による収益改善イメージ
3,地方独立法人化後の県議会の関与

について、資料により説明を受けました。
1,の独立法人化の必要性について、脳研とリハセンの

県立病院の現状は、
○診療報酬のマイナス改定、
○県財政の逼迫化による補助金の削減、
○医師・看護師不足、
○状況変化へ迅速に対応出来ない制度

などの要因により、経営状況は悪化しており、その結果、
○研究機能の継続が困難
○政策的医療の提供が困難
○病院の維持が困難 等が懸念される為に、より効果的な病院経営の為に法人化を進めたい
とする説明でした。
独立行政法人化をして期待される効果
○理事長の責任・権限強化による人事管理・予算執行等の柔軟・迅速化
(例)・県の人事採用基準とは違い、迅速に医師・看護師を確保する事が出来る。
  ・収益アップにつながる診療科を柔軟に新設する事が出来る。
○地方自治法等の制約がなくなる
(例)単年度会計の県予算執行制度と違い、医療品等の長期継続契約等によるコスト削減が図られる。
○毎年度業績評価され、経営責任がより明確化する。
(例)理事長以下職員の意識改革が図られ、収益アップ、コスト削減意識が更に高まる。その結果として、収益のアップとコスト削減が図られて、
○研究機能の継続、充実
○政策医療を安定的に提供
○補助金を増額せずに病院経営の安定化

との説明を受けましたが、私は病院経営改善の1つの方策ではあるとは理解しましたが、県民の医療環境の充実であるかと言う視点では大いに疑問を感じました。

*
3,地方独立行政法人と県議会の関与については、これまで病院の予算・決算・条例等は県議会の議決事項であったものが、行政法人となれば、予算・決算・条例については法人が県に説明し、県が議会に説明し、改善等の意見は県を通じて法人へ伝える事になります。
私は病院経営に対して県議会の関与が薄まる事に対しての異論はないのですが、本当に県民の医療環境の向上につながるのかと大いに疑問を感じました。
県立病院である能研とリハセンは県民にとっては高度医療の最後の砦となっており、研究部門など、ある程度の県費投入はやむを得ないとして来たこれまでの県議会の判断は間違いでは無かったと思っておりますし、県民からも理解を頂いていたものと私は思っています。
資料による説明からはより良い病院経営の為に独立行政法人化は必要だとの説明でしたが、単に財政窮乏が起因する法人化ではないのか、真に県民医療の充実に資する事が出来るのかを私は今後も注視して参ります。

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2008年5月28日 (水)

政党懇談会が開かれました。

毎月定例で開かれる政党懇談会が開かれました。
私が所属する会派自民党には知事が来て、この1ヶ月の県政課題の説明があり、質疑が交わされました。
Nec_0146 この日、知事から説明されたのは、下記の6点でした。
1、地域振興局の再編について
2、鳥インフルエンザへの対応について
3、道路特定財源について
4、秋田内陸線について
5、韓国及び中国の訪問結果について

6、その他
まず、第1点目の地域振興局の再編については、
(1)地域振興局は、3局(県北・県央・県南)5行政センター(鹿角・山本・由利・仙北・雄勝)体制とする。
(2)保健所及び福祉事務所は、

①食中毒、感染症等の健康危機発生時の迅速な初動体制の確保
②保険と福祉が一体となった行政運営の継続
のために、3局への統合に限定せず、6保健所(大館・能代・秋田中央・由利本荘・大山・横手)4福祉事務所(北・山本・中央・南)体制とする。
(3)再編に当たっては、新庁舎の建設は行わず、既存庁舎を有効活用することを基本とする。
等の説明がありましたが、議員からは「既存建物の活用が前提との説明であるが、現在でも職員で一杯の庁舎に数倍となる職員の配置は出来るのか?」との質問がありましたが、「現庁舎で執務できる様にします」
との答弁でありました。
Nec_0147_2
2点目の鳥インフルエンザについては
月21日十和田湖畔において、死亡したハクチョウ3羽と衰弱したハクチョウ1羽を回収し、
25日、簡易検査でA型インフルエンザと判明
29日インフルエンザウイルスが、強毒性のN1亜型であるとの結果が判明。その後、野鳥との接し方についての注意喚起や野鳥生息地の監視を続けた。
5月19日北秋田市で比内地鶏のヒナの死亡が確認されたが、鳥インフルエンザウイルスについては陰性と判明した、等の報告でした。
*
3、道路特定財源について、
①秋田県では国に対して道路特定財源の一般財源化にあたって、地方分の総額確保とその使途を地方の裁量にゆだねる事。
②平成21年度税制改正において、税体系を抜本的に見直して自動車関連の恒久税(新たな自動車関連税)とすること。
 を要望する事としました。
4、秋田内陸線については
さる、4月25日に、地元関係者や沿線住民と知事が、5カ所で意見交換会を開催しました。
地元住民からは、
・地元利用は限界であり、観光客の誘致をしてはどうか。
・回数券の購入を引き続き行うので存続してほしい。
・高校生や老人が困るので存続してほしい。
 等の意見がありました。
これに対して県の考え方としては
・出来れば残したいが、存続のためには地元住民の利用促進による基礎的利用者の確保が不可欠である。
・観光客だけでは維持できない。
・安全対策からも結論は先延ばしは考えていない。
・両市の議会も合同で検討するなどしてほしい
、 等の考え方を提示しました。
5、韓国及び中国の訪問結果については
参加者は知事・民間2名・県貿易課長・経済政策監などで、5月19日~24日まで両国を訪問しました。
韓国では、海運会社3社を始め、関連企業を訪問し、6月の配船計画改編に向けて、コンテナ航路の維持・拡充・延伸などについて要望したとの事です。
中国では国家糧食局・軽工業部、日中蒙三辺委員会、大連市政府、大連港、関連企業などを訪問し、今後の経済交流の促進、本県産米の対中輸出への協力要請、モンゴルの豊富な地下資源の有効活用に関する日中の協力のあり方などについて意見交換をしてきた事などが報告されました。
午後からは議会運営委員会が開催されて、総務部長から6月定例県議会は18日から開催したい旨の発言がありました。

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2008年5月27日 (火)

秋田県防災の日、あの日を思い出します。

秋田県男鹿半島沖を震源地をする日本海中部地震から25年が経ちました。
日本海中部地震について、秋田地方気象台の記録を紹介します。
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Dscn5884 1983年(昭和58年)5月26日11時59分男鹿半島の北西約70㎞でM7.7の地震が発生し、東北各地で大きな揺れがあったほか、北海道から関東・中部・近畿・中国地方にかけての広い範囲で有感となった。
 仙台管区気象台は12時14分に東北地方の日本海沿岸と陸奥湾(5区)に「オオツナミ」の津波警報を発表した。
 北海道から九州にかけての日本海沿岸で津波が観測された。津波の第一波到達時刻は、深浦で12時07分、男鹿で12時08分、能代で12時24分、酒田(山形県)で12時42分等であった。津波の高さの最大は、能代港で194㎝、酒田で82㎝、深浦で65㎝、男鹿で53㎝、八戸(青森県)で10㎝等であった。現地調査によると、青森県沿岸から秋田県男鹿半島沿岸にかけては平常時の潮位より5~6m、北海道奥尻島沿岸では3~4m、佐渡、能登半島、隠岐の沿岸では2~3mの高さに達した。
 この地震・津波により死者104名家屋の全半壊3,049棟船舶沈没・流失706隻など大きな被害が生じ、被害総額はおよそ1,800億円に達した。
 今回の災害は津波による被害が大きかったことが特徴で、被害は日本海沿岸の8道県の広い範囲におよんだ。また、死者のうち100名は津波によるものであった。
 気象庁はこの地震を「昭和58年(1983年)日本海中部地震」と命名した。
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Eyes0101 私はこの地震の日は、秋田市での用事を済ませて、日本海の側を走る国道7号線を南下して本荘市に向かっている時にラジオの速報で地震を知りました。
車を運転していたのであまり揺れは感じませんでしたが、ラジオの速報で大きな揺れであった事を知りました。25年前のその日はとても天気の良い日で、私は丁度、国道から眼下に日本海が見える場所を走っていましたが、12時14分の津波警報が発令された事もラジオで聞きながら、車の窓から見える日本海を見て「こんなに穏やかな海なのに津波警報か?」と不信に感じながら、当時の由利土木事務所、現在の由利地域振興局建設部の港湾課係に直行して、「津波警報が出ましたので、マリーナ・海水浴場にパトロールに行きませんか」と声をかけた所「我々も今、行こうと思っていた所です」との事で、一緒に本荘マリーナ・海水浴場に行きました。12時30分頃マリーナに着いた時も海はとても穏やかでした。
100メートル程、海に突き出た堤防の突端では、2人の釣り人が釣り糸をたれていましたが、その人達に向かって県の港湾係職員が「津波警報が発令されましたので、岸に戻ってきて下さ~い」とハンドマイクで呼びかけた所、釣り人達はゆっくりと竿をたたみ、クーラーバックを担いで海岸の私達の側に戻ってきました。釣り人達は「津波警報ですか?こんなに穏やかな海なのに」と不思議そうな顔をして一緒に海を見つめていました。
そうこうしている内に、海面が静かに、そしてゆっくりと沖へ沖へと引いていきました。
先程、釣り人が居た堤防を見ていると水位の低下がよく解りました。海面の水位がゆっくりと1m、2m、3mと下がっていくに連れて、堤防の海藻の張り付いた側面が見えて来て海水浴場の砂浜は徐々に海底の砂浜を広々と表してきました。最大に海水面が下がったのは、堤防を目安にすると5m位だと思います。
海水浴場の砂浜を守っている海岸から沖合約100mの地点に設置されているテトラポットが積み上げられた離岸堤もすっかり根元まで現れました。
海水が引いて、広々とした海水浴場の珍しい現象に二組のカップルが砂浜に降りて行ってはしゃいでいました。静かに潮が引いて行く、その時点では正直に言ってその位、緊張感はありませんでした。ただ港湾係職員は又ハンドマイクで「津波警報が発令されていますので海岸に上がって下さい」と呼びかけてそのカップル達は海岸の堤防の上まで上がりました。
それから5分程度過ぎた時に、水平線に横一列の白い帯が見えました。それが徐々にハッキリと見える様になりました。それがどんなものなのかはその時点でも理解出来ませんでした。しかし、ゆっくり確実に私達に近づいてくる白い帯は徐々にその姿が見えてきました。それは通常の海水面から10mも盛り上がって波頭がめくれる様な形で海岸に迫ってきます。例えて言うならば、サーフィン映画に出てくるパイプラインの様な形です。
15512512007681294 それでも、水平線から海岸までの近づくまでにその大きさとスピードはよく解りませんでしたが、先程、釣り人が居た堤防にぶつかった時からその凄まじいエネルギーを理解する事が出来ました。これは私が見た感想ですが、海面の高さは約10mで、堤防の突端にぶつかってから海岸に到達するそのスピードは時速約50~60kmと感じました
海底面から約5mの高さの堤防を軽々と飲み込み、その堤防の上,、約5mを波が走ります。
私はその有様を葛飾北斎の波が荒れ狂い、波の奥に富士山が描かれた絵を思い出されました。まさにあの絵に描かれた波の様子そのままでした。
この地震の犠牲者は104人ですがその内、秋田県の被害者が83人でした。その殆どが津波によるものでした。
秋田県ではこの地震が発生した5月26日を「県民防災の日」と定めて自然災害に対する備えを呼びかけています。
あれから、25年ですが「災害は忘れた頃にやってくる」とのことわざもあります様に、この様な日に皆様も自然災害に対する物品の備えと共に、心の備えも考えてみましょう。

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2008年5月26日 (月)

我が家の庭のツツジも中盤戦です。

4月後半、さくらからバトンタッチして早咲きのツツジが咲き始めてから1ヶ月が経ちましたが、我が家の庭では色違いのツツジが代わりがわり順番に咲き続けてくれて、一年中で最も色鮮やかな姿を見せてくれています。
Nec_0539 早咲きの霧島ツツジは花びらが濃い赤色をしていますが、中盤戦の主役は透ける様なピンクの花びらのツツジです。品種の名前は分かりませんがこれもとても綺麗な花です。

雪解けした後の4月以来、私のブログではさくらやツツジなど時折我が家の庭の風景を紹介していますが、町の中を車で走っている時にあまりに色鮮やかなツツジを見つけましたので、車を止めてそのお宅に訪問して鑑賞しました、しばし見とれてしまいました。

Nec_0538 町中の見事なツツジはこの一本だけではありません、たまたま通りがかって目につい付いたのがこの一本だけなので、私のふるさと矢島町はこの季節町中が綺麗な花に溢れ、暑からず、寒からず最も過ごしやすい季節です。

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お近くの皆様、どうぞ我が家の庭にお立ち寄り下さいまして、ツツジを観賞してみて下さい、とても綺麗ですよ。
我が家の庭では生け垣として使っている遅咲きのツツジも芽を膨らせて来ていました。
このツツジのフィナーレも見事ですので、その季節になりましたら皆様にお伝え致します。
乞うご期待下さい。

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2008年5月25日 (日)

矢島仏教会の花まつりに参加しました。

花まつりは正確には「釈尊降誕会」つまり、お釈迦様の誕生祝いです。
矢島町は現在人口5,700人の小さな町ですが仏教では4宗派6ヶ寺、曹洞宗が龍源寺高建寺、祥雲寺の3ヶ寺、浄土真宗の広祐寺、真言宗の福王寺、法華宗の寿慶寺があります。その4宗派6ヶ寺が連携を取りながら矢島仏教会を組織して、この花まつりを毎年当番制で担当し、開催しております。
この様に宗派を問わず、仏教会を組織して花祭りを開催している町は秋田県内では極めて少数だそうです。
今年の当番寺は私の菩提寺である高建寺でした。
高建寺は600年前に創建されたのですが大洪水で流失し、現在の本堂は約300年前に建立されています。
寺の正面には総門(楼門)があり、
Nec_0534 *

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更に進むと山門(仁王門)があり、
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山門をくぐり抜けた所に鐘楼があり、
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その奥に本堂を構える立派な寺です。
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由利本荘市・にかほ市の数多くある寺の中でも二つ門を備えているのは、1,200年前に創建されたと言われ、北条時頼や松尾芭蕉も訪問されたと記されている象潟町の蚶満寺(かんまんじ)とこの高建寺の2寺だけです。
現在の檀家数は約450家でこのお寺に先祖をまつり、心のよりどころとし、お寺の護持をしております。
Nec_0533 読経の後に着飾った可愛い稚児さん達や参会者が次々にお釈迦様の像に甘茶を掛け、焼香もしてお祝いしました。
小さな子ども達は本当に可愛いものですね、自分に孫が出来て尚一層その想いを強く感じる様になりました。

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Nec_0530 「釈尊降誕会」を一区切りをして、合わせて行われた「戦没者追悼会」も行われました。遺族会会長から追悼文が読み上げられ、「戦後63年が経過した今日でも祖国を思い、命を捧げられた戦没者の皆様に感謝する事は忘れません」との内容でした。
多数の和尚さんが声を合わせて一心に唱える読経は私には実に快く聞こえました。
これは私が仏教の1宗派である曹洞宗が開設した駒澤大学で学び、仏教の教えを少しだけ身近に感じて来た卒業生だからだけではないと思います。
日本人の心の支えとなってきた仏教の教えが自分の家や親戚、知人、友人などの葬儀や法要に参加する機会を重ねている内に自然と心身に滲みているものなのではないでしょうか、私はそんな風に思っています。
昨年8月に母を亡くし仏事が更に身近に感じられる様になりました。

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2008年5月24日 (土)

本荘食品衛生協会の50周年記念式典に参加しました。

Nec_0520 私達が生きる原点である、食料・食品を取り扱う業者の皆様、2,700名の会員がいる

本荘食品衛生協会

創立50周年式典に参加しました。

この協会は昭和32年に創設され手から半世紀を迎えた長い歴史を積み重ねております。

Nec_0522  創立50周年式典は「開会のことば」に始まり「物故者に対する黙とう」がありました。礼儀正しい組織だと感じました。
大会会長である食品衛生協会中村俊二会長から式辞がありました。
式辞では「昭和35年には第1回食品衛生大会が開催され、その後平成14年、第42回まで続けられましたが中止されました。
その間、行政改革により本荘保健所と矢島保健所の統合に際し、食品衛生協会も合併するなどして先人達は多くの財産、教訓を残してくれました。
近年、食に関する話題は多岐に渡り新聞などに載らない日はありません。私達は『食の安全・安心』をいち早く消費者に情報を届ける事を使命と考えておりますので、今後もご支援をお願い申し上げます」
と言う内容でした。
続けては、特別感謝状と表彰がありました。特別感謝状は、由利本荘市商工会とにかほ市商工会に贈呈されました。
続いて、本荘保健所長表彰が行われ、食品衛生功労表彰として6名、食品衛生施設表彰として4施設が表彰されました。
続けて、本荘衛生協会長表彰があり、感謝状1名、食品衛生功労7名、食品衛生優良施設10名、優良従業員5名が表彰されました。
次に来賓の祝辞が、由利本荘保健所長、由利本荘市長、秋田県食品衛生協会長からありました。
Nec_0521_2 私も県議会議員5名を代表して祝辞を述べさせて頂きました。

私の祝辞の趣旨は、「食料・食品は人の生きる事の原点です。独立国家としての政治の責任の3要素は、防衛の安全保障、エネルギーの安全保障、食料の安全保障です。現在の日本の食糧自給率はカロリーベースで38%、穀物ベースで27%と先進国では最下位グループにあります。その主なる要素は嗜好の変化で、米と魚の時代から、鶏肉、豚肉、牛肉へと変化しており、牛肉1キロを生産するのに飼料10キロを使う事、養殖ハマチを1キロ生産するのに8キロのエサが使われている事を忘れてはなりません。原油高騰に引きずられて食料も高騰し、お金を払えば食料は輸入できると安易に考えられる時代ではありません。
近年食品の産地や品質の偽装、賞味期限の改ざん、そして輸入食品の安全性の問題など国民の関心は非常に高くなっています。この様な現代に於いて、食品に携わる会員皆様の役割は益々重要なものとなりますので、それぞれの業務に於いてご精励下さい」
と申し上げました。

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Nec_0524 その後式典は終了しましたが、祝賀会の冒頭にはアトラクションとして由利高校の吹奏楽部の演奏がありました。

指導の先生の軽妙な曲目説明もあって、吹奏楽部経験者の私としては、吹奏楽の音色は実に心地よく聞く事が出来ました。
5曲程演奏して終了しました。
その後には乾杯が行われて、和やかな懇親祝賀会が始まりました。

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2008年5月23日 (金)

秋田県で小型家電回収、県単事業で試験継続 有用金属、抽出の可能性探る

Dscn8940 私のブログの5月15日に「東京都が使用済みの携帯電話の回収事業に都道府県としては初めて参画します」と紹介しましたが、秋田県では既に携帯電話のみならず小型家電の回収実験を大館市を始め一部の地域で試験をしていましたが、これを全県に拡大する事になりました。
以下、さきがけ新聞の記事を転記致します。

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 家庭で不要になった小型電子・電気機器からの有用金属抽出の可能性を探るため、東北大や県などが3月まで男鹿市以北の郡市で行った小型家電Dscn8927 品の回収試験が本年度、対象地域を全県に広げて、県単事業として続けられる。
 県は、使えなくなった小型家電品も資源になり得ることの周知を図るとともに効果的な回収方法を模索し、家庭に眠る「人工鉱床」を生かす秋田発の取り組みとしてPRしたい狙い。将来的な事業化も視野に入れ、多品目にわたる小型家電品から有用金属を取り出すシステムの確立を目指す。
 回収試験は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(本部・川崎市)が2006年12月、まず大館市でスタート。国の補助事業として継続された昨年度は、12月から男鹿市以北の各郡市に拡大した。県北を中心に店舗展開するスーパー「いとく」などに回収箱を置き、来店者から携帯電話や電子ゲーム機、デジタルカメラなど電子基板が組み込まれた不要家電品を集めた。
Dscn8931_2  今年3月までに集まったのは約8600個、約17トン。ACアダプター類、携帯電話、リモコン類—の順に多かった。回収品はDOWAグループのエコリサイクル(大館市)で分解。東北大、早大などで電子基板に含まれる有用金属の量を分析し、リサイクルに回す場合の処理フロー作成の資料としている。
  (秋田さきがけ新聞 2008/05/22 09:49 更新)

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全県で小型家電の回収と運搬の目処が立てば、大館市にあるDOWAエコシステムで一次処理し、同グループのDOWAメタルマインの小坂製錬所金属回収が出来ます。
小坂製錬所では、かつての黒鉱処理技術を基盤に、複雑に入り混じった様々な金属を回収する技術を蓄積してきており、更に今年リサイクル専用新炉が完成し、処理対象物を電子基板、スクラップ、貴金属を含む残渣、処理困難な鉱石等から回収元素は19種 (新たに、スズ、ニッケルを新たに回収)、等が出来る様になりました。

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DOWAグループは、秋田県の小坂鉱山がその発祥の地であり、現在は国内外で、製錬事業、環境リサイクル事業、電子材料事業、金属加工事業、熱処理事業など素材の供給やサービスの提供を行っています。

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秋田県ではこのリサイクルシステムが進められた時に備えて、全国からの廃棄家電処理を受け入れる為に、能代港が受け入れ港となる準備も出来ています。
秋田県はリサイクルの先進県となり得ます。

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2008年5月22日 (木)

矢島茶会でピアノトリオコンサートが開かれました。

20 龍源寺の本堂に緋毛氈を敷いた特設ステージが設けられて、グランドピアノが据え置かれてありました。
ピアノトリオの演奏者は
バイオリン 高松短期大学教授・音楽学科長 福崎至佐子 女史 高松交響楽団コンサートマスター 

チェロ ソロチェリスト 山本 裕ノ介 氏 

ピアノ ピアニスト 榊原 紀保子 女史 でした。
20_2 この演奏会のパンフレットは私が副理事長を務めており、小学校以来の同級生が代表理事長を務めております矢島フォーラム の5月2日に記載されておりますのでご参照下さい。
このメンバーで演奏出来るのは矢島町の生駒公菩提寺の龍源寺だから故に出来るトリオです。

龍源寺の土屋眞雄住職駒澤大学仏教学部卒業で在学中には吹奏楽部に在籍して活躍しておりました。中学・高校・大学を通しての吹奏楽部員で音楽に長く携わっております。そう言う私は土屋住職の1学年後輩で、矢島保育所、矢島小学校、矢島中学校、県立本荘高校、駒澤大学、更に吹奏楽部所属と履歴書を書くと1年違いで全く同じものが出来てしまう、深いご縁があり今日まで何かにつけてご指導とご厚誼を頂いております。

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今から35年も前、その私達が駒澤大学吹奏楽部部員だった頃に時折、指導に来てくれていたのがこの日のピアニストの榊原紀保子さんのお父さんで、編曲者であり指揮者であった故榊原栄氏でした。榊原氏と土屋住職とは大学卒業後も交流を続けられて秋田での演奏会の際には龍源寺に宿泊する事などもありました。
そんな時に土屋住職は必ず私を呼んでくれて懐かしい時代の話などを酒の肴にして楽しい懇親会を楽しんでおりました。

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そして矢島町で町のイメージソングを作ろうとなった時に、音楽に精通している土屋住職が一肌脱いで榊原さんと協議の結果、作曲はこの日のチェリスト山本祐ノ介氏のお父さんである高名な作曲家の山本直純氏が良いでしょうとの事で、龍源寺に宿泊され矢島を探訪して、イメージを練り上げて作曲してくれたのが「矢島音頭」です。
「矢島音頭」は今でも矢島のお祭りなどの時には多くのご婦人方がそろいの浴衣で踊ります。
ここまでの説明で、龍源寺とピアノの榊原さんとチェロの山本さんの関係はお解り頂けたと思います。
そしてバイオリンは生駒公のご縁で交流している高松市の高松短期大学の音楽学科長の福崎至佐子さんとでトリオが結成されたのです。
福崎さんは、これまた私達が駒澤大学吹奏楽部時代に時折指導に来て頂き、親しくお付き合いをして頂きました新日本フィルハーモニーのコンサートマスターであった故植木三郎さんの隣りの席でアシスタントコンサートマスターを務められていた事も聞いてご縁の重なりを感じました。
私は故植木三郎さんからはご招待を受けて自宅に訪問し、お料理上手の奥様の手料理をご馳走になった事もありました。
3人とも1流の演奏家ですので、この日の演奏会は素晴らしいものであった事は説明するまでもありませんし、皆様も想像してお楽しみ下さい。
こうして矢島茶会は充実した内容で終日私達を楽しませてくれました。

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2008年5月21日 (水)

大内ダム竣工式典に参加しました。

大内ダムは県管理ダムで、子吉川水系芋川右支川畑川の由利本荘市小栗山地内に位置し、平成14年度に工事着手し、平成19年度の完成した重力式コンクリートダムです。
大内ダムは芋川の洪水、渇水被害を軽減し、新規水道の水源を確保する多目的ダムです。

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◎事業の概要
・事業期間  平成3年~平成20年3月
・総事業費  55億8,000万円
・堤高  27.5m ・堤頂高  106.0m
・堤体積  2万1,840立方m 
・流域面積 3.37平方㎞ ・総貯水容量 72万4,000立方m

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◎事業の歩み
昭和63年 8月 小規模生活ダム現地調査
平成 3年 4月 大内生活貯水池建設事業採択
平成14年 5月 大内生活貯水池建設事業全体計画認可
平成16年 4月 本体工事着手
平成17年10月 定礎式
平成18年12月 本体打設終了
平成19年12月 試験湛水終了
平成20年 4月 運用開始


Img_62991 竣工式典は午前10時からダムの側に作られた仮設テントの中で竣工の神事と式典が行われました。

神事は神官により厳かに執り行われました。
私も地元県議を代表して玉串の奉奠をさせて頂きました。Img_63061

Photo_2 引き続き、秋田県主催の竣工式典が行われました。
始めに西村哲男副知事から式辞があり、続いて塚田寛由利地域振興局建設部長から工事報告が行われ、国土交通大臣の代理として出席された国土交通省河川局治水課課長補佐の染谷健司氏から祝辞が述べられました。
続いて屋外に出て、関係者代表によるテープカットとくす玉開披が行われました。

この大内ダムはその建設目的通りに流域の洪水防止と農業用水及び水道用水の確保、更に河川環境の維持保全の為にその持てる機能を十分に発揮して、下流域住民にとって安全・安心で快適な生活を支える為の大きな役割を果たしてくれる事と期待しております。
この事業に携わった多くの関係者の皆様と共々にダムの竣工を心からお祝いし、喜びたいと思います。

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2008年5月20日 (火)

矢島茶会の午後の部

昨日に引き続き矢島茶会の様子を報告致します。
私のブログの1月25日には議員活動で香川県議会を訪問した際の様子を記載しておりますし、4月28日には東京にある香川県のアンテナショップを訪問調査した時の事を記載しておりますのでご参照頂ければ幸いです。

Photo 4月28日の記載の際には、高松市と矢島町の友好都市締結以降のご厚誼について記載しておりますがその中に高松短期大学矢島高校から特別推薦生を受け入れて頂いており、交流10年目の現在6人目が就学しておりますが、この日はその高松短大を卒業した4人が集まってくれて、「讃岐うどん」の販売と昼食としての「讃岐うどんのお運び」を手伝ってくれていました。

彼女たちに高松短大時代の感想を聞くと「一人で住むには申し訳ない様な広い市営アパートを貸して頂き、市の歴史や文化事業の際には『友好親善大使』のタスキを掛けてテープカットをしたり、パンフレットを配ったりして、多くの高松市民の方々から声を掛けられて、とても貴重な経験をさせて頂きました」と口を揃えて話してくれました。

Nec_0511 矢島の歴史交流館 道益苑で2服目のお茶を頂き、廊下続きの明治時代の建築物である八森苑に渡りました。
八森苑は生駒藩の重臣だった佐藤氏が建築し、庭の見える座敷の正面側にはお殿様がご訪問された時に着座される場所として15cm程高くなった部分があります。
現在は市が買い受けて維持管理をしており一般にも公開されて、誰でも気軽に使う事が出来ます。
私も小グループでの会議や懇親会に使いますが、とても心の和む和風の座敷があります。
今から380年前に矢島にお越し下さいました讃岐17万石生駒公ご一行約200名が矢島に残してくれたものは物心両面に渡って、計り知れない程多くのものがある事を矢島町民はよく知っています。
午後3時からは茶道遠州流宗家 小堀宗慶 宗匠 から「出会い」と題した文化講演がありました。

20 小堀宗匠は大正12年生まれの85歳で東京美術学校(東京芸術大学)在学中に学徒出陣にて満州に従軍。終戦後シベリヤで4年間の抑留生活を送り、昭和24年に復員し茶道の発展に精励され、昭和37年に遠州流12世を継承。茶道本源に関しての研究は勿論の事、建築・造園の指導並びに芸術・工芸の分野に於いても幅広く活動されています。
矢島町の歴史交流館である「道益苑」の新築に当たって建築と造園に小堀宗匠のアドバイスがありました。

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また、私が茶席で頂いた茶碗は小堀宗匠ご自身が絵付けされたお茶碗で、とても色鮮やかな見事な絵が施されておりました。貴重な体験をさせて頂きました。

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「出会い」と題された講演の冒頭に「私は矢島に3度目の訪問となりますが昨日から矢島(フォレスタ鳥海)に宿泊していますが、鳥海山の見事な姿に感動しています」と述べられました。
講演は「厳しく辛い事ばかりの4年間のシベリヤ抑留生活の中にあっても、ソ連の看守士官と心が通じてとても良くしてもらった。自宅にも呼ばれて自分が美術専攻である事を知ったらしくて、壁に絵を描いてくれと依頼されて、絵の具代わりに医務室から赤チンやヨーチンやリバノールだの色が付くものを土に混ぜて合わせ絵の具を作って書いてきた事」などの経験談が語られました。

20_2 最も長く語られたのは、奈良の薬師寺の前管主 高田好胤氏との出会いから約20年間の交流の上に、スイスで訃報を聞いた時の悲しみなどについてお話しされました。
奈良の薬師寺では昭和35年以降、金堂再建の為により多くの人々の賛同と協賛を得たいとしてテレビ出演などもし、仏教の教えを説き、名物管長として知られた高名な高田好胤氏がおりました。
高田管長が中心となって写経勧進による白鳳伽藍復興事業が進められ、昭和51年に国宝である薬師三尊像を安置する金堂が再建されたのをはじめ、西塔、中門、回廊、大講堂などが次々と再建されました。
雑誌の対談での「出会い」以来、20年来の交際があったとの事で、自分は茶の心を、高田管長は「仏教の教え」を辻説法を続けられた事もお話しされました。

私は「お互いを認め合ってお付き合いする事が大事である」と聞き取りました。
私が学んだ本荘高等学校の校訓に「玲瓏同気(れいろうどうき)」という言葉があります。その意味は「玲とはリンという澄み切った音と瓏はロンという澄み切った音、それぞれの音が互いに響き合う様に」と教わりましたが、その事を思い出しました。
茶会の日程の最後にはピアノトリオコンサートがありましたが、これまた素晴らしいステージでしたので後日記載します。

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2008年5月19日 (月)

矢島茶会が開かれて参加して参りました。

私の町、矢島町は平成17年3月に近隣市町村と合併して由利本荘市となりましたが、矢島町は明治22年の市町村令が出来た時以来の町で、立町115年の歴史を重ねた町です。
その矢島独自の歴史と文化を伝承すべく「生駒顕彰会」が創設されております。
その「生駒顕彰会」が主催する第7回目の「矢島茶会」が澄み切った五月晴れの下で開催され、ご案内を頂戴致しましたので参加して参りました。

Nec_0494 後援には由利本荘市 、協力には遠州流宗家・曹洞宗 金嶺山龍源寺 ・茶道遠州会秋田県連合会・清楽茶道会秋田支部等となっております。
会場は歴代の生駒公をお守りしている菩提寺である名刹龍源寺 と隣接する道益苑と八森苑です。
Nec_0495
この日の行事は盛りだくさんでした。
まず、午前10時から茶会が開催されて町内外から多数の茶道愛好者が参集されており、和服姿のご婦人が多くてとても華やかでした。

地元の本荘市や秋田市・男鹿市など県内は元より、山形県庄内地区からは大型バスで遠州流茶道のご一門が訪問されておりましたし、東京からのお越し頂いたお弟子さんご家族ともお目に掛かり、歓談致しました。
私は茶道については全くの門外漢ではありますが、第1席の主客人(と呼ぶのかは分かりませんが)の席に着かせて頂き、お手前を頂戴致しました。
お茶を頂く前に、茶道に精通された本荘市のご住職から、床の間の掛け軸や花、花入れの説明、続けて茶道具の風炉Nec_0497 釜、棚(つい立)、水指、茶器、茶碗、茶杓等の説明があり、茶道はまさに日本の総合芸術だなと感じ入りました。

Nec_0499 床の間の掛け軸は元曹洞宗管長梅田信隆禅師の筆による「雲悠々 水潺々」でした。

Photo その後に華麗な手さばきでお茶が点てられた後に私の元に差し出され、しばし心静かにお茶を頂戴致しました。
私へのお茶が運ばれた後に会場の皆様へもお茶が運ばれました。

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Nec_0498 この日の矢島茶会の会記に遠州流と矢島町のご縁が分かりやすく記載されておりましたので以下に転記致します。

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 遠州流茶道の流祖である小堀遠州公は江戸初期の大名で茶人であります。幼少の頃より、父の英才教育を受け、茶の湯の伝統を受け継ぎ、徳川将軍家の茶道指南役となり、天下第一の宗匠の地位を得て、王朝文化の雅の心と茶道を融合させ、「綺麗さび」という幽玄・有心の独特の茶道体系を作り上げ、武家茶人の筆頭として活躍されました。また、建築、作庭、書画、和歌、美術工芸など多芸多才な総合芸術家として後生に名を残しております。
 讃岐藩の初代藩主である生駒親正公は、織田信長、豊臣秀吉に仕え数々の戦功をあげ、秀吉の配下で中老として厚い信任を得て、讃岐一国を与えられ高松に築城しました。
その後、2代・一正、3代・正俊、4代・高俊と56年にわたって西国大名の雄として重要な地位を占めていました。しかし、4代高俊公の時、不幸にも家臣間の不和抗争が生じ、お家取り締まり不行き届きの故をもって、1,640年讃岐全土を没収され、出羽の国矢島に移封されました。忠臣の家老、家臣とともに矢島に入国した高俊公は、居を八森の地と定め、この地を中心として城下町づくりがなされ、以来220余年の間生駒氏の統治が成されました。
 遠州公と生駒公との関わりは、3代生駒正俊公の正室と遠州公の正室が共に戦国大名で津藩32万石の大名となられた藤堂高虎公の養女であるという浅からぬ縁で結ばれています。
 この様に400年に及ぶ縁戚を持つ小堀家と生駒家の古よりの深い繋がりが、矢島の地で再び固められるかの様に茶会が繰り広げられます。


と解説されておりました。
龍源寺は昨年工事中だった本堂前の石畳や瑠璃堂などが完成し、尚一層、寺構えが充実されていました。

Nec_0501Nec_0502 
午後から行われた小堀宗匠の文化講演とピアノトリオコンサートの模様は明日記載致します。

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2008年5月18日 (日)

故 佐々木喜久治前知事の葬儀に参列して参りました。

Nec_0491 去る6日にご逝去され秋田市で執り行われました佐々木喜久治前秋田県知事の葬儀に参列して参りました。

会場の正面には佐々木前知事の現職時代に撮影されたと思われる襟に秋田県記章を付け、大きく引き延ばされた立派な遺影が掲げられてありました。
遺影はまさに私が記憶している佐々木前知事そのもので、とても懐かしく感じられました。
祭壇の両側には各界各層から百を超える花かごが追悼の意を込めて備え付けられており、当然の事ながら故人のご交流の広さを改めて感じられました。

Nec_0493葬儀は導師である曹洞宗 天徳寺 ご住職以下7名の僧侶の皆様の読経により始まりました。私も菩提寺が曹洞宗ですので聞き慣れた読経が会場一杯に響き渡りました。

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導師退場後に告別式が行われて、5名の方から弔辞がありました。
始めに寺田知事から県政推進の大きな役割を担って頂いた事への感謝と「写真がご趣味の佐々木前知事には是非エベレストに登って、写真を撮られたら如何ですか、とお勧めしていたのでしたが、それを実現されたと聞いて喜んでおります」等の弔辞でした。
続いては総務省大臣官房総括審議官の岡崎浩巳氏からの弔辞でした。岡崎氏からは「私は自治省出身の佐々木前知事の後輩にも当たり、秋田県庁勤務時代に結婚をし、その仲人を佐々木前知事から快く務めて頂いて、生まれた子供が社会人になりました」との報告もありました。
次に秋田県商工会議所連合会会長 渡邊靖彦氏からの弔辞でした。渡邊会長からの弔辞は「産業の根幹をなす、交通網の整備に特段のご尽力を頂き感謝を申し上げます」との内容でした。
次には、秋田県農政部長、湯沢市長を歴任され現在は秋田県土地改良事業団体連合会会長であります高畑進氏からの弔辞でした。
高畑氏からは佐々木前知事が昭和51年に、小畑勇二郎元知事から請われて秋田県副知事に就任されて、二人並んである時は真剣に、ある時は和やかに県政を推進されてきた事などが語られました。また、「5期目の選挙の際には後援会長及び選挙対策本部長を務めさせて頂き、誠に光栄でした」との言葉もありました。
弔辞の最後は元・秋田県出納長 簾内絢一氏からでした。簾内氏からは「県政の各事業を持ち寄って知事に説明する予算査定の際などで、佐々木前知事から的確な指摘を受けて県職員のやる気を引き出して頂きました」との内容でした。
告別式の最後には喪主である佐々木治彦氏からのご挨拶があり「父はふるさと秋田が大好きで、秋田県副知事就任以前から退職したら必ず秋田に帰って住むんだと聞かされていました」との紹介も交えて参列者への御礼の言葉がありました。

私はブログの5月9日にも佐々木喜久治前知事からのご厚誼への感謝を記載させて頂きましたが、由利本荘市民として佐々木前知事の英断を忘れてはいけない事があります。それは秋田県立大学の本荘キャンパス建設を決断してくれた事です。
秋田県立大学を作るに当たり秋田市に1カ所に集中設置か秋田市と本荘市の分割設置かが、大きな県政課題となった時、それぞれのメリット、デメリットを十分に議論した後に佐々木前知事か出された結論は「秋田県の均衡ある発展を望む」として、分割設置案を選択されて本荘キャンパスが出来ました。
設置以降、県立大学の学生約800人と教職員約200人の合わせて約1,000人の人々が生活し、学生の常に若いエネルギーを由利本荘市にもたらし、市内外企業との共同研究なども着々と実績を上げている事は佐々木前知事のご英断によるものと深く感謝を申し上げます。
葬儀に参列して、在りし日を偲び改めてご冥福をお祈り申し上げました。
                                 合掌

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2008年5月17日 (土)

我が家の庭のツツジが咲き誇っています。

Nec_0485 春爛漫を感じる庭のツツジも咲き誇っています。
赤色も白色も押しくらまんじゅうの様に押し合いながら咲いています。
我が家の庭のツツジは種類が多いので、4月後半から6月中旬まで順番に咲いてくれて、私をそして道行く人々を楽しませてくれます。
Nec_0489_2 時折、苗木市などで綺麗な種類のツツジを見つけると買い求めて、庭の隙間のある所に植え込みます。
植え込んだ時には、か細い苗木だったはずですが、毎年少しずつながらも、幹が太くなり枝を増やし、観察していると確実に成長している事を感じます。

Nec_0490 我が家の敷地の中央には楕円形の中島を作っています。
真ん中には風雪にめっぽう強い「鳥海這い松」の寄せ植えをして、周囲をツツジとドウダンで飾っています。
中島は季節毎に色合いを変えて見せてくれますし、その中島の後ろには、私のブログの冒頭に掲載しております姿で、ふるさNec_0488 との山「鳥海山」がそびえ立っています。
庭では「この季節はツツジだけじゃないよ」と言わんばかりに、フジも綺麗に咲いてくれています。

このフジは大分長い間我が家の庭に根を下ろして咲いています。
フジのツルは、見る見る伸びますので、花が終わり、成長がお休みになる秋口にはばっさりと切って形を整えます。

Nec_0486 でも、やっぱり我が家の庭はツツジが多いので、ツツジの季節が一番華やかな姿を見せてくれます。
お近くの方は是非立ち寄ってご覧下さい、多くの皆様に楽しんで頂ければツツジも喜ぶと思いますので。

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2008年5月16日 (金)

政治の責任、道路特定財源が決定

ねじれ国会で参議院で否決、そして衆議院で再可決という紆余曲折を経て、

道路特定財源特別措置法が成立しました。
その結果、秋田県でも要望していた事業が進展する事が決まりました。
以下、秋田さきがけ新聞の記事を転記致します。

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Roa0009009_s_2 公共事業費、秋田県全体で195億円追加 道路財源法成立により。
 国土交通省東北地方整備局は14日、2008年度の東北6県の公共事業費に、地方道路整備臨時交付金として1225億7200万円を追加すると発表した。交付金の根拠となる道路整備事業財政特別措置法が13日に衆院で再可決、成立したのを受けた措置。本県には、県事業分として114億5000万円、市町村事業分として80億6800万円の計195億1800万円が追加された。
 揮発油税などの暫定税率失効や特措法の成立遅れにより、先月1日、今月1日と段階的に進められてきた公共事業費の配分は今回で終了。本県分の総額は1134億9800万円となった。秋田わか杉国体の関連事業や森吉山ダムの本体部分工事が終了したことなどにより、前年度比で13・3%減った。
 交付金を充当する事業として、県は新規では秋田空港に立体駐車場と空港ターミナルビルへの連絡通路を整備する事業を要望。継続事業では▽秋田空港アクセス道路建設▽大仙市の大曲橋架け替え▽北秋田市の中岱橋新設—などを求めていた。
(秋田さきがけ新聞 2008/05/15 09:22 更新)

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今日の車社会に対応する為の道路整備は、我が秋田県ではまだまだ必要です。
私が特に気に掛けておりましたのは「秋田空港の立体駐車場」建設事業でした。
私のブログの12月3日に記載しましたが、収容台数不足と積雪対策として是非必要な事業をと思っていましたので、その事業が進む事は歓迎します。
また、この度の原油高は世界的に大きな影響を及ぼしており、特に車社会のアメリカでは大きな社会問題となっています。
一方、アメリカのシアトルでは原油高のお陰でガソリン価格が高騰し、「マイカー通勤の自粛の為に、電車の乗車が3割も上昇して、二酸化炭素減少にもなっている」と喜んでいる環境保護団体もあるとのニュースも耳にしました。

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2008年5月15日 (木)

「都市鉱山」から「レアメタル」を発掘せよ

東京都が使用済みの携帯電話の回収事業に都道府県としては初めて参画するというニュースがありました。

これは携帯電話の中に使われているレアメタルを回収することを大きな目的としております。1176946

レアメタルとはインジウムやガリウムなどの非鉄金属類で、半導体や液晶テレビ、パソコンなどに使用され、ハイテク製品の品質向上に欠かせない素材です。産出国は中国や南アフリカなどに限定され、使用済みのレアメタルは一般ごみとして廃棄されるため、リサイクルの仕組みづくりが急務になっています。

東京都がこういった活動をするとニュースに取り上げられて、それはそれで素晴らしいことですが、我が秋田県では「鉱山の町 大館市」にて試験導入された2006年12月からすでにこういった活動をしています。

資源の少ないわが国で「都市鉱山」として保有している主な金属の量は、金が約6,800トンで世界の現有埋蔵量42,000トンの約16%、銀は60,000トンで現有埋蔵量の22%におよび、他にもインジウム61%、錫11%、タンタル10%と世界埋蔵量の一割を超える金属が多数あるとは素晴らしいことです。

是非有効活用してもらえることを願います。

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2008年5月14日 (水)

夏は時計1時間進めて 自民、サマータイム法案提出へ

サマータイムとは夏の間、太陽の出ている時間帯を有効に利用する目的で、時刻を1時間早めて、それに合わせた生活を送る制度。またはその早められた時間のことです。

明るいうちに仕事をして、夜は早く寝るようになるから、結果的に省エネルギーにつながるとされています。

残業時間が長くなるのでは?などとデメリットはいくつかあげられておりますが、省エネが叫ばれる昨今、日本でも導入してはどうかと言う議論が数年前から出ていましたが、国会で自民党がサマータイム導入のための法案を提出しました。

5328893 自民党は、夏季に時計の針を1時間進めるサマータイム(夏時間)制度を導入するため、議員立法で国会に法案提出する方針を決めた。地球温暖化が主要テーマになる北海道洞爺湖サミットと、福田首相が提唱する「低炭素社会」づくりを後押しする。

 時計の針を進めることで、夏季の日中時間を有効活用してエネルギー消費量を抑え、同時に国民の環境問題に対する意識を高める狙いがある。

 13日の党地球温暖化対策推進本部(野田毅委員長)で法案化に向けた議論を始める。今秋の臨時国会までに提出し、早ければ来年夏からサマータイムの導入をめざす。同本部メンバーによると、首相も法案化に前向きという。

 サマータイム制度をめぐっては、05年に超党派の「サマータイム制度推進議員連盟」(会長=当時=平沼赳夫元経産相)が法案を作成。国会提出は見送られたが、毎年3月の最終日曜日に1時間早めて、10月の最終日曜日に元へ戻すという内容だった。今回の法案もこれを参考にする。

 日本では終戦直後の48年から4年間、連合国軍総司令部(GHQ)の指令で実施された。05年当時の推進議連には民主党議員も参加していたため、自民党側はねじれ国会となった現在でも「与党と民主で対立するテーマではない」と見ており、成立に期待している。(2008年05月13日asahi.com

注目しておきたいニュースだなと思いました。

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2008年5月13日 (火)

杉並区・和田中の夜スペに新たな展開

私のブログの1月27日4月3日でも紹介しました、東京都杉並区の和田中の夜スペに新たな展開があったようです。

進学塾講師による成績上位者を対象とした夜間と土曜日の補習「夜スペシャル」(夜スペ)を1月に始めた東京都杉並区立和田中学校(代田昭久校長)が今月下旬から、成績にかかわらず3年生の希望者全員に受講の機会を与えることにした。新たに家庭教師派遣業大手のトライグループ(千代田区)と提携し、進学塾のペースに合わない生徒に対応する。

 代田校長によると、4月に3年生の生徒・保護者と面談した際、「夜スペを受講したい」との声が未受講の生徒から多くあった。このため、希望した生徒24人に学力テストを実施したところ、習熟レベルに開きがあったため、個別指導が必要なケースがあると判断しトライ側と話を進めてきた。

 新たに受講する24人は2カ月間、進学塾「サピックス」(中央区)の講師による現在の夜スペを体験する。その後、「合わない」と感じた生徒はトライによる個別指導に近い形態の補習を受ける。

 これまでの夜スペ同様、授業は月、水、金曜の夜と土曜の午前で、授業料は企業側の協力で個人で受講する場合の半額程度となる。

 これまで成績上位者以外の補習は、土曜日に地域住民らのボランティアが受け持っていたが、3年生になると物足りなく感じる生徒も出ていたという。

 代田校長は「もっと勉強をしたいという多様な子供たち全員にチャンスを与えたい」と話している。(毎日新聞)

3829720 また、この学校は先の4月の新入生達がまだ小6だった2~3月にかけて人気ゲーム機任天堂DSと計算ソフトを使い、足し算から分数計算まで算数を復習するという試みも行いました。

授業は地域住民らがボランティアで学校を支援する和田中地域本部が主催し、今月9日~3月8日の毎週土曜日に計5回。午後2~4時の2時間で、参加費はプリント代など事務経費2000円だ。自由参加だが、4月の入学予定者約100人のうち約50人が参加する。

 教材は「遊び感覚で勉強してもらえる」とゲーム機を採用した。ソフトで小学校で習う計算問題を項目ごとに分類。児童は足し算、掛け算、分数の割り算など不得意な分野を選び、専用のペンでゲーム機の画面に答えを書き込んでいく。項目ごとに認定試験があり、自らの学力を測ることができる。ゲーム機とソフトはソフト会社が無償貸与。家に持ち帰って勉強もできる。(毎日新聞)

私のブログの3月25日記事でも紹介しましたが、今やゲームはただの遊びではなく、リハビリや学習などにも進出した新しいツールとなりつつあると感じました。

いずれにせよ、子供達の学びたいという気持ちを大切にする新しい方法として、今後も和田中の夜スペ情報に興味を持って見ていようと思っております。

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2008年5月12日 (月)

循環型農業の一例を紹介します。

北海道の千歳空港で人気のお土産ランキングで第1位は皆さんよくご存知の「白い恋人」ですが、第2位はこれまた皆さんご存知の「バターサンド」を抑えて、「花畑牧場の生キャラメル」だというのはご存知でしたか?
8047392 こちらの花畑牧場はご存知の方も多いと思いますが、タレントの田中義剛さんが牧場長を務めている牧場です。
こちらの牧場で最近目をつけてるのが「ホエー豚」と言うものだそうです。
ホエー豚の「ホエー」とはチーズ作りなどの過程で排出されるの液体部分です。
これはよくヨーグルトなどで見られる透明な上澄液(乳清)と同じようなもので、たっぷりと栄養を含んだ魔法の液体なのだそうです。
イタリアのパルマ地方には有名なパルメザンチーズがありますが、同じく有名なパルマハムと言う生ハムの一種があります。
このパルマハムの原料になっている豚はパルメザンチーズを作ったときに出るホエーを飲んで育っているのだそうです。
北海道の十勝では数年前に『十勝ホエー豚研究会』と言うものを立ち上げこのホエー豚で十勝の「豚丼」などを作っているのだそうです。
今まで捨てられていたホエーを利用して、餌にし、更に美味しい豚を育てるというのは、素晴らしい循環型農業だなと感心しました。

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2008年5月11日 (日)

南極観測船「しらせ」に購入希望7件

25年にわたり日本の南極観測を支えた三代目南極観測船「しらせ」(1万1600トン)が8月に引退します。

当初、老朽化で航海にピリオドを打つことが決まっても、保管場所が決まっておらず、解体される可能性もありましたが、購入者を募集したところ7件の購入希望が提出されたそうです。

Nankyoku 南極地域観測統合推進本部(事務局・文部科学省海洋地球課)は8日、老朽化のため今年8月に退役する南極観測船「しらせ」の購入者募集に対して、企業などから利用計画が7件提出されたと発表した。
地方自治体から購入の申し出がなく、“第2の人生”の引き受け先を見つけるのに難航した「しらせ」だが、スクラップの危機は脱したようだ。
同本部によると、利用計画を提出したのは企業2件、その他5件で、公益法人や個人が含まれるという。今後は防衛省が夏までに船体価格を算定し、同本部が利用計画を精査した上で売却先を決定。年内に引き渡される。
「しらせ」は昭和58年から南極観測隊員や物資の輸送を24回担当。今年4月に企業など一般を対象に購入者を再募集していた。過去2代の「宗谷」と「ふじ」は、東京と名古屋の財団が保存、展示している。
(産経新聞)

「しらせ」の名前の由来は、私の住んでいる由利本荘市のお隣、にかほ市金浦(旧・金浦町)出身の、日本の初代南極探検隊隊長の白瀬 矗(しらせ のぶ)氏の名前に由来しています。

にかほ市にはその白瀬氏を記念した白瀬南極探検隊記念館があります。

白瀬記念館の設計はかの国際的な名設計家で昨年10月に逝去された黒川紀章氏の設計の建物です。
概観の目を惹く三角柱は南極点をイメージしているとのことです。
また、現在建造中の新・南極観測船は引き続いて「しらせ」と命名される事が決まっています。
これは通常、船の名前は引き続いて同じ名前はは付けられないと云う慣例がありますが、白瀬中尉の生誕地である金浦小学校の生徒達が「しらせ」の名前を残してほしいと嘆願の手紙を文部科学省に送り、文部科学省もこれに応えて南極観測船「しらせ」の場合、現在の船は今年、8月に廃船になりますが、新しい南極観測船は、一年後に活動開始という事で、南極観測船としての船の連続はしないので同じ名前を付けられるという特例を用いたからです。

オーロラの映像なども観賞出来ますので機会がありましたらどうぞお立ち寄り下さい。

白瀬記念館では「南極の氷」を販売しております。
1,000年も前の空気が閉じ込められた気泡が沢山入っている氷です。
飲み物にこの氷を浮かべますと、まるでサイダーの様にシュワ・シュワ・シュワと小さな音を立てますので感動します。
お試し下さい。

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2008年5月10日 (土)

緊急地震速報また機能せず

8日午前1時45分ごろに関東地方を中心に震度5弱を記録した地震で、気象庁は緊急地震速報を発表しましたが、発表は到達の約40秒後で、またも間に合いませんでした。047

昨年10月に運用が開始されましたが、今年1月26日に石川県輪島市で震度5弱を観測した地震では、同庁のコンピューターが最大震度を4と予測したため速報が出ず、先月28日に起きた沖縄・宮古島近海を震源とする地震では発表は地震検知約10秒後でしたが、宮古島には検知5~6秒後に強い揺れが到達し、速報は間に合いませんでした。また、震度5弱の揺れがあるとして初の速報が出ましたが、実際は震度4でした。

気象庁では一般向けの緊急地震速報が揺れに間に合わなかったことについては、自動計算システムで最初はマグニチュードを小さく推定したのが原因と説明し、「P波(初期微動)だけでマグニチュードが決まらなかった。技術的改善を検討したい」と述べました。

いつ起こるかわからない自然現象を予測するなど、一時代前では考えられない技術革新です。

ただ、国民の「命」を守る重要なシステムだからこそ、万全を期して臨んでもらいたいと思います。

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2008年5月 9日 (金)

故 佐々木喜久治前知事のご逝去を悼みます。

6日、佐々木喜久治前知事(86歳)の訃報に接しました。
衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。
佐々木前知事が県政推進の為に先頭に立って取り組まれた、秋田新幹線建設や県内の高速道路網整備は今日多くの県民がその便益を享受しております。
私は佐々木前知事が初めて知事選挙に出馬された昭和54年からご厚誼を頂きました。私は佐々木知事候補者の地元の後援会の事務局でしたので、地元の選挙準備などを手伝っておりましたし、秋田市での後援会の事務局会議などにも時々出席して面識を頂いておりました。
その後、知事に就任されてからも時折開催される佐々木知事後援会の研修会などにも出席してご厚誼を頂きました。
平成3年4月に佐々木前知事の4期目の選挙と私の県議会議員初選挙とは同日に行われました。知事選挙は県議会議員選挙よりも選挙期間が長い為に、私の選挙の告示前に佐々木前知事が矢島町に遊説に来られました。
その日に私の後援会の役員会を開いていたのでしたが、佐々木前知事は知事候補者のタスキを外してその会場に来て、私への推薦と激励のご挨拶を頂きました。
その選挙で佐々木前知事は4選目、私は初当選して地域発展の意見交換をする事が出来る様になりました。
佐々木前知事の4期目当選後の市町村訪問の初めに鳥海町・矢島町を訪問し、鳥海山を視察して山麓の観光開発について意見交換する時がありました。その時の鳥海町三森美直町長から「鳥海山麓地域にグレードの高い宿泊施設が必要です」との提言を受けて佐々木前知事は「鳥海山は秋田県に於いて大事な観光資源の一つですから拠点となる宿泊施設について調査検討をしましょう」との回答を頂いたのでした。
その後、県の観光課が担当して、位置、規模、グレード、接続道路、等の総合的な調査が行われ、事業化を決定して今日の「ホテルフォレスタ鳥海」が誕生しました。
特筆すべき事は、「ホテルフォレスタ鳥海」までの接続道路が非常に狭隘でしたが、県道、町道、林道などをつなぎ合わせて「鳥海山麓観光道路」として位置づけて、観光課の予算で橋梁2橋を含めて道路改良を進めると言う手法を英断してくれた事です。そうして誕生した「フォレスタ鳥海」は開業10周年目を迎え、最近人気がある「トレッキング&温泉」の鳥海山麓地域の拠点として多くのお客様から喜ばれています。
また、昨年10月には皇太子殿下のご趣味である「登山」に鳥海山が選ばれて矢島口から登山を楽しんで頂く事が出来ましたが、その際の宿泊所として2泊ご利用頂いた栄誉にも浴する事が出来ました。
もし、「ホテルフォレスタ鳥海」がなければ、皇太子殿下の鳥海山登山はなかったのではないかと思われます。
鳥海山をふるさとの山と仰ぎ見ている山麓地域に住む多くの人々は佐々木前知事が鳥海山を大事にしてくれた事を感謝しています。
最後に今一度、佐々木喜久治前知事のご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。
                                合掌

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2008年5月 8日 (木)

スギッチデザイン、30種類追加へ

昨年の「秋田わか杉国体」で大人気だった「スギッチ」

テレビ東京系列の大人気番組「TVチャンピオン」の「ゆるキャラ選手権」でチャンピオンに輝くなど、全国的に人気のあるキャラクターでした。

Sugitti

スギッチデザイン、30種類追加へ 6月に第1弾
 県は本年度、マスコットのスギッチを活用したデザインの数を増やす。約30種類を追加する予定で、6月にはその第1弾となる新バージョンが登場する。「秋田の顔」スギッチの活躍の場がさらに広がりそうだ。

 スギッチが登場するデザインは現在108種類ある。しかし、スポーツの祭典のマスコットだったため、競技を題材にしたデザインが多く、スポーツ以外は31種類にすぎない。

 そこで、スギッチを管理する県情報公開センターは、デザインの数を増やし、より多くの場面で活用してもらえるようにすることにした。教育庁や各地域振興局を含む県の全部局を対象に先月、新しいデザインを募集したところ、8種類の提案があった。

 このうち建設交通部は、乗用車に乗るスギッチと、県のマークが入ったヘルメットをかぶって深々とおじぎをするスギッチのデザインを提案した。スギッチは頭が大きいため、乗用車はオープンカーにするという凝りよう。同部では「県の顔として道路情報を知らせるパンフレットなどに登場してもらいたい」と期待している。
                           (さきがけonWeb 2008/05/05 11:34 更新)
せっかく大人気になったキャラクターです。
みんなで親しみを持って大切に育てていきたいですね。

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2008年5月 7日 (水)

鳥海高原花立牧場公園

Img4121 昨日は鳥海山麓の「土田牧場」をご紹介いたしましたが、
鳥海山麓の花立高原にも素晴らしいお出かけスポットがあります。
Img213 鳥海高原花立牧場公園東北一長いゴーカートや、搾乳やアイスクリーム作りを体験できるミルクハウス、コテージやキャンプ場に、合宿所や広いグラウンドがある、とても素晴らしいスポットです。
先に紹介した東北一長いゴーカートは迫力満点で、大人でも楽しめます。
また、ミルクハウスで売っている牛乳は、少量を瓶に取り、瓶の壁面に叩き付けるように振ると、自分でバターが作れてしまうほどの濃厚さです。
他にもパークゴルフ場や小動物との触れあり広場もあります。Img3211
Img2413 広いグラウンドと合宿施設があるため、夏休み期間などは、遠く関東方面からも合宿の予約が入り、混雑のため予約も難しい程、盛況のときもあります。
数年前、東京の明大中野高校のラグビー部の合宿が行われた時、
「合宿の際、何より大切なのはやはり食事。中でも日本人の基本、米が美味しく、それに感動しました。」との感想を頂きました。
確かに、秋田はどんな食堂に入っても、米は当たり前のように美味しいです。
これは、東京などに行くとつくづく感じることなのですが、いくら料理が美味しくても、
東京の食堂では普通に出てくる米があまり美味しくないことがあります。
しかし秋田は、米どころですし、美味しい水が豊富にあるため、普通に炊いて出てくる米が美味しいのです。
これは本当に恵まれていることなのだなぁ、と思います。
話が少し逸れましたが、昨日ご紹介した土田牧場からもすぐ近くですので、花立牧場もご一緒に訪れてみてはいかがでしょうか。

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2008年5月 6日 (火)

私の地元の観光スポットを紹介します。

仁賀保高原にある「土田牧場」は土田雄一さんご一家が経営されている牧場です。

鳥海山麓は、昭和34〜35年に、国有ジャージー牛貸付事業で、オーストラリアからジャージー牛211頭を導入し、地域一体となってジャージー酪農に取り組んできた、県内有数のジャージー酪農地帯です。
日本国内では「岡山蒜山高原」「熊本阿蘇高原」に並び「秋田鳥海高原」が三大集団生産地となっNk083ております。
ちなみにジャージー牛のジャージー種は、イギリスのジャージー島が原産。イギリス王室御用達のミルクを作るために改良された乳牛と言われています。
その特徴はジャージー種は
 ・性質が優しく飼いやすい
 ・寒暑の環境に対する適応性が高い
 ・濃厚飼料が少なく牧草で飼える
   (粗飼料の利用性が高い)
 ・早熟で乳牛として寿命が長い
等の利点があり、鳥海山麓の広い牧草地帯に合っていると言えます。
土田牧場では放牧による健康な牛づくりを理想とする土田さんが、町有草地などを借り受けて徐々に規模拡大を図り、昭和62年、離農跡地だった現在の農場の地を借り受け入植し、新たなスタートを切りNk082ました。
ジャージー牛乳の本来のおいしさを知ってほしいという思いから、低温殺菌による独自ブランド牛乳の商品化、自らのアイデアを活かした乳製品・肉加工品等の開発販売に取り組んできています。
平成3年には、車庫を改造して直売所と休憩所を兼ねた「ミルクハウス」をオープンし、牧場を訪れる人たちにくつろぎの場を提供しています。
土田雄一さんは矢島町出身の方ですし、妹さんは私の同級生でありましたので、昔から親しくお付き合いをさせて頂いております。
こちらの牛乳はかつて日本テレビ系列で大人気番組だった「どっちの料理ショー」の特選素材として取り上げられたほどのものです。
また、飛行機の通信販売商品が掲載されている機内誌にも取り上げられたことがあります。
こちらの乳製品はどれも美味しいのですが、その中でも私のお気に入りは「ジャージーカントリー」という商品です。
甘酸っぱい飲むヨーグルトの中にジャージー牛の濃厚なソフトクリームを入れて食べるものです。
濃厚な甘さのソフトクリームとヨーグルトの甘酸っぱさがなんともいえずに、絶品だと思います。
ゴールデンウィークや夏休み期間中などは非常に混雑しておりますが、
是非機会がありましたら足を向け、あの美味しいソフトクリームなどに舌鼓を打ってみてはいかがでしょうか。
ちなみに商品は直接牧場にお問い合わせをすれば発送もして下さいますし、
こちらで通信販売もしているようです。

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2008年5月 5日 (月)

新秋田県東京アンテナショップがまもなく開店します。

5月30日にオープンする新東京アンテナショップの概要をお知らせ致します。
秋田県では新秋田県東京アンテナショップの名称を募集しておりましたが、総応募件数291件の中から、次の名称が選考会において決定されました。
名称 『あきた美彩館』 応募者 : 泉園子さん(東京都在住)
レストランの名称は、「ダイニング はな小町」と決まりました。Nec_0327
ビルの概要は
所在地:東京都港区高輪4丁目27番13号外
名 称:京急第7ビル
構 造:鉄骨鉄筋コンクリート造
規 模:地下2階・地上12階・塔屋1階建
延床面積:19,629.04㎡(5,937.79坪)
とても大きく綺麗なビルです。

使用店舗の概要は
1.京急ショッピングプラザ・ウイング高輪WEST 地上1階部分
・借用面積   323.26㎡(97.79坪)
・借用期間      平成20年2月1日から平成25年3月31日まで
・飲食店部分面積    240.63㎡(72.79坪)
・物販部分面積       82.63㎡(25.0坪)
2.設計・施工者
物販部門は株式会社 タカヤナギとの業務提携による
これまで数回に渡って東京の各県のアンテナショップ訪問記を記載しましたが、それは全て新秋田県東京アンテナショップが秋田県の魅力を存分に発揮して頂きたい、との思いで皆様にご紹介しました。
この度の訪問調査で全国の各県とも大消費地である東京へ県産品の販路拡大を目指して懸命に努力されている事がよく解りました。
いよいよ5月30日にオープンしますので、このブログをご覧頂いております東京圏域に皆様、また各地の皆様、東京においでの際には本物の秋田の味を味わい物産が求められる新秋田県東京アンテナショップ 『あきた美彩館』・「ダイニング はな小町」にどうぞお立ち寄り下さい。
場所は品川プリンスホテルから高輪プリンスホテルに行く途中でエプソン品川水族館
の入り口の正面にありますのですぐに分かります。

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2008年5月 4日 (日)

東京のアンテナショップ訪問調査、広島県と宮崎県

新宿の南口から道路を渡ったところにサザンテラスという広場があります。
その2階に広島県と宮崎県のアンテナショップがあります。
まず、手前にある広島県のアンテナショップ「広島ゆめてらす」から紹介します。
広島県のアンテナショップ「ゆめてらす」の入り口は赤い背景に「広島」と染め抜かれた看板が目を引きます。Nec_0360

中に入ってその意味がすぐに理解できました。
広島と言えば野球の広島カープの本拠地ですし、広島カープは企業スポンサーが所有する他の球団と違い、広島市民がいわばオーナーとなっていますので、市民と球団の一体感は非常に高い事で有名ですし、その広島カープのチームカラーは赤ですから。
売り場の3分の1程度のスペースは、広島カープの、帽子やタオルやメガホン等のグッズが販売されていました。残りの3分の2程度が特産品の売り場でした。
上記のホームページで売り上げベスト10が記載されていましたのでご参照下さい。

広島のショップのすぐ隣に宮崎県のアンテナショップ「KONNE」(コンネ)がありました。
案の定、入り口には東国原知事が「サーいらっしゃい」という風に両手を広げたポスターが貼ってありました。Nec_0361

平成20年3月28日 産経新聞の記事に下記の様な記事がありました。
東国原知事の経済効果は500億~1000億円と試算される。
宮崎県の元タレントの東国原英夫知事が就任してから1年間の宮崎県の経済効果は約492億円に上るとの試算を、関西大大学院の宮本勝浩教授(数理経済学)らが28日、公表した。試算には含めなかった指標も加算すると経済効果は1000億円に上るといい、宮本教授は「地域活性における新しいビジネスモデルではないか」と話している。
試算では、東国原知事が就任した昨年1月23日から1年間の、県内の代表的な観光地の観光客数やマンゴーなど特産物の売り上げ、誘致した企業の投資額-の3点から経済効果を推定。
観光客は対前年比で20・53%増加していたほか、知事の似顔絵を描いたグッズなどを扱う「県物産振興センター」の売り上げが約8億円もアップしていた。宮本教授は「驚異的な増加率で想像以上」と話し、「入手できていない数字も推定した上で試算すると、1000億円程度の経済効果が認められる」としている。
また、メディアによる宣伝効果も絶大で、試算に協力したジャパン通信社(東京都)によると、首都圏の新聞やテレビ、インターネットだけでも約1800億円の効果があったという。
宮本教授は「1人の知事がここまでの経済効果を生むのは、今まで例がない。地域活性化の新しいビジネスモデルになるのでは」としている。

更に朝日新聞では「これまで宮本教授が試算した直接効果では、平成17年に岡田監督率いる阪神タイガースがリーグ優勝した際の375億円を上回る。あの阪神フィーバーを上回る経済効果とはた大したもの」とのコメントも記載されていました。

昨年の10月に知事が逮捕される引き金となった建設工事の入札制度改正の先進事例の調査に宮崎県庁を訪問した際に大型バスが列をなし、ガイドさんが旗を立てて引率して県庁見学をしている様子を見て驚きました。
その時の様子はこのブログの10月24日に記載しておりますので、ご参照下さい。
昨年、東国原知事が就任してから宮崎県庁を訪問した観光客は40万人との報道を聞いても納得がいった。
ただ、宮崎県では、お土産屋も飲食店も東国原知事ののぼり旗で溢れ、県産品にはことごとく東国原知事の似顔絵シールが貼られていたのに対し、東京のアンテナショップの物産には一切シールが貼られていませんでした。
お店の方に「知事のシールが貼られていませんね」とお伺いしたところ、「県が経営するショップの物産に知事のシールを貼ると東京の方々に『特別推奨品』と受け取られると困るので、シールは貼っていません」との答えでした。
県としての公平性を保とうとする姿勢である事は理解できますが、宮崎県の物産に知事のシールが貼られていない事の方が、私にはかえって奇異に感じました。
現在は宮崎県の物産で羽田空港で販売されている商品はシールどころか、パックやラベルそのものが東国原知事のイラストになっているものが主力になっていました。

今まで紹介した各地のアンテナショップはこちらこちらにまとめて紹介しているホームページがありますのでご覧下さい。

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2008年5月 3日 (土)

我が家のツツジも満開です。

4月30日のブログでも紹介しました通り、八重桜はまだ咲いておりますが、満を待して「我が家で一番早く花を咲かせるツツジの「霧島ツツジ」が満開となりました。
綺麗な花には余計な説明は必要ありませんので割愛します。Nec_0446
この後、庭中のツツジが順番に花を咲かせて、我が家の庭では一年中で一番華やかな季節を迎えます。
ツツジの咲いている様子は、順次皆様にお知らせ致しますのでご覧頂ければ幸いです。

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2008年5月 2日 (金)

災害復旧工事が本格化しています。

昨年の8月20日から22日にかけて私の町、矢島町では記録的な豪雨に見舞われ、大きな被害を受けました。
私の敷地の東側を流れる田沢川も夏場は低い水位で流れているのですが、その日は濁流が荒れ狂い、まさに激流と呼ぶにふさわしい様子でした。
堤防の越水こそ免れましたが、堤防の護岸が一部倒壊しました。

私のブログの中で昨年の8月20日から22日までの由利本荘市の豪雨災害と、9月15日から17日までにかけての豪雨災害関係の記事は、画面右端の最下段のブログ検索で「このブログ内で検索」を選んで「災害」と入力して検索しますと表示されますので、時間のある時にご参照下さい。

Nec_0444 その田沢川の災害復旧工事が本格化しています。

工事現場の技師に災害復旧工事の概要を聞いた所、延長52m・直高4.6mの護岸工事だそうです。
川底を深く彫り込んで基礎を作って護岸を作ります。

Nec_0445 工事現場の皆様には安全第一で作業を進められる事を願っています。

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2008年5月 1日 (木)

国道108号 黒沢踏切渋滞対策の現地調査

日本の高度成長時代に入ってからマイカー通勤が増えてきて、由利本荘市の矢島地区の大動脈である黒沢踏切の渋滞対策について、現地での調査が行われました。
Cimg6646 この協議は由利本荘市でも地域課題とされて、渋滞緩和施策の方策をあらゆる面から調査してきましたが、なかなか効果のある解決策は見つからない現状です。
由利本荘市議会議員の内、国道108号沿線関係議員9名の皆様が「黒沢踏切渋滞対策を求める有志の会」を結成され、本年の2月には「黒沢踏切の渋滞解消に関する陳情」が県議会にも提出されました。それを受けて県議会の建設交通委員会の平山晴彦委員長が「陳情内容把握の為に、現地調査をしましょう」と建設交通委員に呼びかけて開催されたものです。

Cimg6655 参加者は県議会の建設交通委員は、提案者の平山委員長と秋田市選出の工藤嘉範委員、それと私の3名です。秋田県建設交通部からは小嶋道路課長始め3名、秋田県由利地域振興局からは、塚田建設部長始め3名、由利本荘警察署からは佐藤交通課長始め2名、由利高原鉄道からは、鷹羽運輸部長始め2名、由利本荘市からは猿田建設部長始め7名、地元由利町の駅愛護会の皆様が5名の合わせて25人もの参加を得て現状の課題を共有する事が出来ました。
地元の住民は立体交差化とか、地下トンネル方式などと簡単に言いますが、B/C・費用対効果の視点で見ると、通行車両の便益に対して投資費用が多額な為に作る事は不可能です。

Cimg6643 また、国土交通省が示している踏切対策の1つとして交通信号機を設置して、一時停止義務の解除をする方式は、秋田県内においても秋田臨海鉄道が採用しており、その可能性調査も由利本荘市で取り組みましたが、周辺道路は交通規制されており、単路上で、朝の一定時間帯(朝7時から8時まで1時間)のみの混雑あることから、現時点で、渋滞解消施策の実施については、緊急性・必要性が低いと判断している、と正式な見解が示されております。
更に、踏切周辺のおよそ1キロ区間を国道車線増設して、一時停止を2台併走して踏切を通過させる方式については、道路建設の憲法とも言うべき道路構造令で車線の増設及び合流の安全基準の面から、不可能であると認識されます。
鉄道運行の面からは朝7時から8時まで列車が通過するのは上下合わせて3本であり、渋滞の原因ではありません。
つまり、社会が鉄道通勤からマイカー通勤への変化が起因する渋滞に、踏切通過の際の一時停止が輪をかけていると云う現状を認識する事が必要です。
だから「我慢して下さい」というのではなく、上記の規制の中で「何らかの方策はないものか」との共通認識を持ち関係者の知恵を集めて対策を講ずる事が必要です。
この現地調査に参加された皆様は「なんとか対策を立てたい」との思いを共有して、今後も協議を続けましょうと参加者皆で話し合いました。

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