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2008年4月19日 (土)

秋田県立美術館と(財)平野政吉美術館

秋田県立美術館は経年劣化が進み、現在の耐震基準も満たしていない事から、現地での補強改築か、又は現地での新築建設か、はたまた、お堀を隔てた近隣の秋田市中央街区再開発事業に合わせて、移転新築ビルへの入居か?と県民の意見も割れていたのでしたが、この美術館を運営管理する指定管理者である、(財)平野政吉美術館の理事会で移転し、再開発事業への参加を決定して、これまでなかなか進められなかった秋田市中央街区再開発事業が1歩進む事になりました。
私は久し振りにこの美術館を訪問して暫しの美術鑑賞をしました。
千秋公園の堀端に建つ秋田県立美術館Nec_0394 は昭和42年5月5日に開館しました。
双曲線を描く屋根が公園の樹木を背景にそびえ、美術館の建物を特徴づけています。
秋田県立美術館1階の美術ホールは、県民のための貸しギャラリーです。創作発表の場として利用され、生涯学習や芸術文化活動の拠点ともなっています。
2・3階は財団法人平野政吉美術館所蔵作品の展示室です。「秋田の行事」をはじめとする藤田嗣治の作品やヨーロッパの絵画を常設展示しています。
平成18年度からは、財団法人平野政吉美術館秋田県立美術館の指定管理者に指定され、美術館全体の運営にあたっています。
秋田県立美術館を維持運営する指定管理者の財団法人平野政吉美術館について
Nec_0396
財団法人平野政吉美術館「青少年が豊かな人間に」と、平野政吉(明治28年~平成元年 1895~1989)が収集した美術品の内から320点を寄付し、昭和42年(1967)に開館しました。Nec_0397
平野は、秋田県内有数の大地主の長男として秋田市に生まれ、若い頃は画家志望でした。また、わが国初期の航空界に夢を抱き、飛行機の操縦に熱中し墜落もしています。しかし、美術への愛着は強く、10代から93歳で亡くなるまで収集の情熱は衰えませんでした。浮世絵、陶器…等々を集めましたが、特に藤田嗣治との交友から貴重な代表作を所有しました。
藤田嗣治(レオナール・フジタ)は、東京美術学校を卒業後、フランスに渡り、モディリアニらとともにエコール・ド・パリの代表的画家として活躍しました
平成18年には藤田嗣治の生誕120年の年でした。
平野が寄贈した現在の館蔵品は
○藤田嗣治作品とその遺品資料
○西欧絵画
○秋田蘭画など日本初期洋画
○明治初期洋画○中国絵画など5分野で601点です。
この美術館の目玉作品は「世界のフジタ」と称される藤田嗣治作の
油絵「秋田の行事」があります。
上記のホームページの中から「美術館内風景の大展示室(2階)」をご覧下さい。
南側から見た油絵がありますが鑑賞している人が小さく見えるのがおわかり頂けますでしょうか。
「秋田の行事」は、高さ3.65m×横幅20.50mの壮大な油絵です。
カンバス張りでは、20世紀世界最大といわれる「秋田の行事」は1937年(昭和12年)美術館建設を計画していた平野政吉氏の依頼で描かれたもので、氏の為書きとなっています。
製作後30年目に初めて、本美術館で公開された。素朴、豊潤な秋田の風土と「秋祭り」「梵天」「竿灯」を静動対照的に描き分けながら当時の秋田風俗を描き尽くしている。
しかもこの大作をわずか174時間(15日間)で完成、「この記録は永遠に破られないであろう」と作者はその健筆を誇った、と説明されております。
この大作は近い将来、秋田市中央街区再開発事業により、近代的なビルの中に最大級の待遇を施した大ホールに展示される事になります。

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