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2008年4月24日 (木)

秋田市の千秋公園のさくらまつり

 4月19日のブログで記載しました秋田県立美術館移転調査の日に、隣接する日本の都市公園100選になっている千秋公園で、満開の桜を観賞しました。

Photo_13 Photo_14





千秋公園につきましては、上記のホームページから転記致します。

 慶長7年(1602年) 初代佐竹義宣(よしのぶ)常陸国(茨城県)から32才の時、秋田20万石に転封。
 慶長8年 久保田城の築城はじめる。
堀をめぐらし、土手を高く築いた土塁の城。
 慶長9年 久保田城竣工。

秋田藩主佐竹氏は、源氏の流れをくむ名門であり全国の大名の中でも古い歴史を持つ殿様です。
Photo_4  関ヶ原の合戦のあと、秋田20万石に転封された義宣は久保田の地、神明山(現在の千秋公園)に新たに城を築き、城下町を建設しました。明治 2年(1869年)に、12代義堯(よしたか)公が版籍奉還により知藩事に任命されるまでの267年の歴史です。

 この説明を読みながら、我が矢島町の生駒公は高松時代は讃岐17万石であり、4代目で栗林公園造成に着手しながらも矢島1万石に転封されてから380年の歴史があります。
改めて、讃岐17万石の文化と武士道精神を秋田県の雪深い小さな寒村である矢島町(現在人口6,000人弱)に持ち込んでくれた事を改めて感謝しました。

Photo_5  満開のさくらを見上げながら公園内を歩いていたら家内が「あっこれは『手鞠さくら』だ」と声を上げました。
写真をクリックし拡大してご覧頂ければおわかりになるかと思いますが、枝先でさくらの花が手鞠の様に丸く集まっています。
帰宅してから「てまりさくら」で検索した所、手鞠さくらを始めさくらの種類を丁寧に説明しているページを見つけましたのでご参照下さい。
 手鞠さくらは本来八重桜の一種を指すようですが、公園にありましたのは、吉野桜で花が丸いものでした。
家内が『手鞠さくら』を知っているのは着物の柄にあるからだそうです。
それを調べてみましたら、この様な着物の柄が見つかりました。


Photo_15  公園の高台にある本丸部分を一周して坂道を下った所に、お堀に身を乗り出す様に咲いているさくらがありました。色も数種有りとても綺麗でした。

Photo_7  坂道を下った所には秋田県出身の歌手、東海林太郎の胸像があります。
近づくとセンサーが感知して、東海林太郎の歌声がスピーカーから流れる仕掛けになっています。


Photo_8  駅に向かって帰り道の衣料店のショーウインドウに今話してきたばかりの「手鞠さくら」の枝が飾られてあり、思わずお店の方に「てまりさくら」ですね、と声をかけたら、「このさくらは自宅の庭にあるさくらですが、丸くて可愛いなぁとは思っていましたが、『てまりさくら』と言うのですか、へ~初めて知りました、有り難う 御座います」と嬉しそうにしていました。

余談になりますが、果物のりんごに「千秋」という品種がありますが、これは秋田県果樹試験場が開発し、秋田県を代表する千秋公園にちなんで名付けられた品種ですが、長野県がりんご「千秋」の増産に励んでより多く首都圏で販売した為に、数年前に東京の果物屋の入り口で若いお兄さん達が「本場、長野の千秋だよ、美味しいよ~、美味しいよ~、さ~買った、買った」と声を張り上げているのを聞いて、私は愕然とした事を千秋公園に行く度に思い出されます。

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