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2008年3月26日 (水)

「由利本荘ひな街道」が開催されております。

家族と一緒に旧家のひな飾りを見に行き、我が町の歴史と文化を再確認する機会でした。
この企画展については、矢島町に関する情報を核としている、私が副理事長を務めているNPO法人 矢島フォーラム  の2月18日に記載されてありますのでご参照下さい。

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Photo 最初に訪問したのは我が矢島町の銘酒「出羽の冨士」の酒蔵、明治39年(1906)創業の(株)佐藤酒造店です。
ここのひな飾りは、表題の「由利本荘ひな街道」の企画には参加しておりませんが、訪問すると快く見せて下さいました。
企画に参加しない理由を家人にお伺い致しました所、「ちょうどこの時期は蔵開きで来訪者が多くて、その案内と接待で一杯なので、ひな飾り見学に訪問された方々に十分な接待が出来ないのではないかと思って、市からのお誘いをお断りしました」との事でした。
とても人形の顔のつやががとても綺麗なお雛様でした。
展示されていた解説文を掲載します。

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出羽の冨士の内裏雛は、享保雛(きょうほうびな)です。
享保雛は江戸時代中期の享保頃(1716~36)に流行した雛ですが、江戸時代の末頃までこの形式の雛は作られており、名称は明治になってからつけられたものです。一見、面長の能面のような顔立ちと金襴や錦を使った豪華な衣装も享保雛の特徴です。男雛は束帯(そくたい)に似た装束で、手には笏を持ち、女雛は五衣(いつつぎぬ)、唐衣(からごろも)に似せた姿で、赤い袴には中に綿を入れPhoto_2 て大きく高くふくらませ、檜扇を持っています。
こちらの女雛は釵(さい。金属製の髪を束ねる飾りの一種)をした姿で、飾りのついた筒状の冠は脇の冠台に置いています。
三人官女(2段目)・五人囃子(4段目)・随身(3段目)・仕丁(5段目)、ひな道具も時代や由来は不明ですが、おそらく家人の女の子の初節句等にあわせて、時代ごとに揃えられてきたもののようです。
五人囃子の登場は天明期(1780年代)で、その後三人官女なども加わり、雛壇もそれまで2~3段であったものが7~8段となります。こちらの五人囃子の形式をみると、江戸時代後期のものとよく似ています。


更に、矢島の町家の雛祭りの風習にあった「吊るし飾り」についても紹介します。
現在ではこの風習は見られなくなってしまいましたが、「吊るし飾り」とは母親が初節句を迎えた娘の幸せを祈り、端切れで作ったお飾りを、竹ひごの輪から赤い糸に吊るして雛壇の脇に飾る、江戸時代から伝わる雛祭りの伝統行事です。
邪気を除ける強い力がある「桃」や、さる(去る)にかけて、厄や災いが去るという意味を込めた「猿」。目が赤く、病気を退治する力を持っていると信じられていた「ウサギ」など、主なお飾りにはそれぞれ意味があるそうです。

他の飾りについても興味のある方は稲取温泉旅館協同組合公式サイト「稲取温泉 こらっしぇ」よりご覧ください。


Photo_3 雛の輪細工のさげ物の風習は全国でも珍しく、九州柳川地区(さげもん)、山形酒田地区(笠福)、伊豆稲取地区(つるし雛)の三地区が日本三大吊るし飾りと言われています。
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写真は矢島郷土資料館に展示されている吊るし飾りです。吊るし飾りは今回の展示のもうひとつの見所でもあります。 ひな街道訪問記は後日に続きます。

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コメント

ひびのその顔なに!ウケルhappy02

投稿: Cana | 2008年3月29日 (土) 01時37分

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