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2008年1月23日 (水)

由利本荘青年会議所の新年会に参加しました。

Nec_0155 青年会議所(略してJCと呼びます)とは世界に共通する仲間を持ち、現在全国には38,000人の会員を擁し、東北地区では4,000人、単位組織である由利本荘青年会議所には45人が在籍しております。
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会員資格はより良いふるさとを作ろうという志が有れば誰でも入会できます。但し20才から40才までと云う年齢制限だけがあります。その年齢制限故にこの組織にはいつでも若いエネルギーが漲っています。私は24才で地元に帰ってきてすぐに入会し、16年間在籍しました。私にとっては数え切れない程の思い出がいっぱいある組織です。
その数え切れない思い出の中でやはり記憶に残る最大の経験は「日沿道」の早期建設を求める新潟・山形・秋田・青森の4県17の青年会議所が連携して開催した「日本海夕陽ラインシンポジウム」ですね。
今から21年前の昭和63年に第1回目が酒田市で始まり2回目が新潟・そして第3回を我が由利本荘青年会議所が主管致しました。前2回のシンポジウムに参加し、その熱気を感じていた私も本荘市での大会が所期の目的を果たせる様にと、当時の理事長、村岡兼幸君、実行委員長、小笠原良一君、等と共に実行委員会の役員として4県の県庁及び市町村役場の訪問を重ねて、首長や議員の参加を求めました。
その結果、大会当日には沿線の全市町村から首長や代理、議長や議員、及び商工関係者など多くの人々から本荘市に参集して頂き、文化会館が超満員の参加者で盛会に終える事が出来ました。
式典の記念講演は、時の建設大臣であった富山県選出の衆議院議員・綿貫民輔先生(現・国民新党 党首)でした。その後、テーマごとに3つの分科会に別れて会議を開き、再度文化会館に集合して分科会報告と決議の承認などがありました。(その時の様子は式典・分科会・全体会議の何れもビデオテープに録画しておりますので、事務局に保存してあると思いますが、私も一式持っております)
あの当時は道路公団の全国高速道路建設予定地図に日沿道は予定路線を示す点線すらない状況でした。それが関係者皆様の努力が結集して20年の月日を掛けて、昨年の9月17日に西目パーキングエリアで行われた開通式のテープカットに立ち会った時には嬉し涙が溢れました。
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Nec_0153 新年会は参加者全員の起立を求めて国歌斉唱・メンバー及び経験者によるJCソング斉唱・JC宣言の朗読・JC宣言の唱和と粛々として進められます。
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式典の初めには2008年度新理事長に就任した橋本聡君から就任の挨拶と決意表明がありました。
Nec_0154 *
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続けて祝辞として由利本荘市市長代理の副市長、にかほ市市長の祝辞を代理の方から読み上げられ、組織からは4,000人の会員のトップリーダーである、塩釜の東北地区会長からの祝辞がありました。
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続けてシニアクラブの会長である伊藤恒先輩の音頭で乾杯をして、懇親会になりました。和やかな中にも熱気を感じる懇親会でした。途中Nec_0157で新年度の役員の紹介があり、ずらーと壇上に整列しました。
「よ~し、今年は頼んだよ、頑張れ」との思いで見ていました。
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中締めは5代目理事長であり、現在秋田県及び由利本荘市の商工会会長である村岡淑郎氏のご発声で「一発〆」で締めくくられました。
昔の私がそうであった様に若い会員達は2次会へ向かうのでした。
私はその背中を見ながら、自分は40才の定年卒業してから15年も経ったんだなあと自分の年を知らされた会でもありました。

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コメント

 当日はご多用中にも関わらず、当会の新年祝賀会にご出席賜り、ありがとうございました。
お陰様をもちまして盛大に開催できました事、
心より御礼申し上げます。
早速ブログにもご紹介頂き、その上、励ましのお言葉まで添えて頂き、我々が活動を展開していく勇気も頂戴しました。恐縮致しますとともに重ねて感謝申し上げます。
 次の日の活動で報告されています道路特定財源の問題は、我々4県の青年会議所が運動を展開している“日本海夕陽ラインネットワーク”にも密接に関わる問題であり、我々も来月早々に東京で訴える活動を行う予定であり、非常に重要な問題だと認識しております。
 この問題等を含み、今後とも地域発展の一助となりたいと願っておりますので、今後もご指導・ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
 寒さ厳しい毎日ですが、どうぞお体にお気をつけになられ、益々のご活躍をお祈り申し上げます。

投稿: 会 員 | 2008年1月24日 (木) 14時09分

>会員様

ブログをご覧の上、コメントを頂き有り難う御座います。
私は記事にも書きましたが24才で地元に帰ってきてすぐに入会し、16年間在籍しました。私にとっては数え切れない程の思い出がいっぱいある組織です。
その数え切れない思い出の中でやはり記憶に残る最大の経験は「日沿道」の早期建設を求める新潟・山形・秋田・青森の4県17の青年会議所が連携して開催した「日本海夕陽ラインシンポジウム」ですね。今から21年前の昭和63年に第1回目が酒田市で始まり2回目が新潟・そして第3回を我が由利本荘青年会議所が主管致しました。前2回のシンポジウムに参加しその熱意を感じていた私も由利本荘市での大会が所期の目的を果たせる様にと、当時の理事長、村岡兼幸君、実行委員長、小笠原良一君、等と共に実行委員会の役員として4県の県庁及び市町村役場の訪問を重ねて、首長や議員の参加を求めました。その結果、大会当日には沿線の全市町村から首長や代理、議長や議員、及び商工関係者など多くの人々から本荘市に参集して頂き、文化会館が超満員の参加者で盛会に終える事が出来ました。式典の記念講演は、時の建設大臣であった富山県選出の衆議院議員・綿貫民輔先生(現・国民新党 党首)でした。その後、テーマごとに3つの分科会に別れて会議を開き、再度文化会館に集合して分科会報告と決議の承認などがありました。(その時の様子は式典・分科会・全体会議の何れもビデオテープに録画しておりますので、事務局に保存してあると思いますが、私も一式持っております)
あの当時は道路公団の全国高速道路建設予定地図に日沿道は点線すらない状況でした。それが関係者皆様の努力が結集して20年の月日を掛けて、昨年の9月17日に西目パーキングエリアで行われた開通式のテープカットに立ち会った時には嬉し涙が流れて止まりませんでした。
その他、10周年記念事業、日本アカデミー出向時に10日間、客船で1,000人の仲間達と朝から晩まで研修をしながら、まだ発展途上であった中国に行き、帰りに我々の船に横断しようとした、漁船とぶつかり船体に穴が開き、修理の為に2日間延長になった事、15周年記念事業、20周年記念事業等々、まだまだ良い思い出をいっぱい書きたいのですが、今日はこの辺で失礼します。
今年も「より良いふるさとづくりを目標に志を同じうする青年会議所各位」のご活躍をご祈念致します。

投稿: 佐藤 健一郎 | 2008年1月26日 (土) 16時33分

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