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2008年1月15日 (火)

家内と二人で冬の海を見に行きました。

私は鳥海山の北山麓の矢島町の生まれ育ちですが、私の家内は鳥海山の西山麓の海辺の町、仁賀保町の出身です。

仁賀保町は電子部品の大手TDKの創設者である斉藤憲三氏の出身地であり、創業の町です。家内の実家はその仁賀保町の中でも小さな漁港の真向かいにあり、海が大荒れになると道路一本隔ててはいるものの、瓦屋根に波飛沫が掛かるほど海に近いところにありました。家内は常々「私の心の原風景は冬の鉛色の空と荒れ狂う海の風景よ」と言うのです。こちらでは数日前から寒波が襲来し、激しい吹雪が続いています。その外の吹雪を見て「こんな時は海が荒れて私が一番好きな海だなあ、見に行きたいなあ」と誘われていたのでした。二人で視界が開Nec_0121 ける海辺に立ちましたが、足下は一面の雪に覆われ、波に洗われる場所まで砂浜が見えて、海は白い波頭が次々と押し寄せる荒れた海でしたが、家内は「こんなもんじゃなく、もっともっと荒れた海が好きだなあ」と言いながらもずーと海を見つめていました。10分程度見つめていたところで「寒いから、貴方は車に乗って待ってて」と促されて私は車に戻りました。

この日は道路の上に掲げられている気温表示板でも-3度が表示され、気象情報でも「この冬一番の冷え込みでした」と説明されておりました。それから10分ほど過ぎたところで家内もすっかり冷え切った体で車に戻ってきました。車で5分ほど暖をとって、再度1人で海辺に立って海を見つめ続けて20分、合計40分程海を見つめ続けて車に戻り一言「う~ん、元気を貰った、見にNec_0120 来て良かった」とニッコリ。波打ち際には視界の限りカモメが一列に行儀良く並んでいましたし、また海の上でも白い翼を翻しながら多くのカモメが飛び交っていました。家内はよく若山牧水の「白鳥(しらとり)は悲しからずや海の青、空の青にも染まず漂う」という詩を口ずさむみます。自分が生まれ24年間育った生家は老朽化の為に、建て替えられてしまったし、嫁いで31年間も自分が掃除をして磨きながら、日々の生活をし、子供達を生み育てた私の家もまだ今ひとつ自分の家とは思い切れないからだと言います。車に戻ってきた家内に「だれでも自分が生まれ育ったふるさとは忘れられないものなんだろうね、だから在郷ふるさと会などは毎年多くの出身者の参加で賑わっているそうだよ」と話したところ、家内も「分かるな~」と頷いていました。皆様のふるさとはどんなところでしょうか?勿論しっかり心に抱いて大事に守っていますよね。

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