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2008年1月

2008年1月31日 (木)

ブリッジ(つなぎ)法案」一転回避 「年度内に一定の結論」斡旋案で与野党合意

D60_a2900最近、にわかに国民の一大関心事となっている「道路特定財源」
「暫定税率の期限延長」について、国会で与野党がギリギリの協議の結果、下記の通りに合意に達しました。

新聞記事のアドレス添付ですと一定期間が過ぎますと消えてしまいますので、内容を記録する為に記事を記載致します。
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Scrw_6245_jfr 3月末に失効するガソリンなどの揮発油税の暫定税率の期限を5月末まで2カ月間延長する議員立法「ブリッジ(つなぎ)法案」の扱いについて、河野洋平衆院議長、江田五月参院議長は30日午後、国会内で会談し、「公聴会や参考人質疑を含む徹底した審議を行ったうえで、年度内に一定の結論を得るものととする」との新たな斡旋案を与野党に提示した。与野党双方とも、この斡旋案に合意した。ブリッジ法案が取り下げられることになった。  
平成20年1月30日 15時20分配信  産経新聞
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D60_a3533

民主党の菅直人議員が国会の委員会で「我が国には福祉特定財源も無いし、教育特定財源は無いのに、なぜ道路特定財源だけがあるのか?」との質問していましたが、それに対して福田首相は「道路特定財源」は「負担者と受益者が明確だからです」と淡々と答弁されていました。
また、「全国の都道府県知事、市町村長が一人残らず道路特定財源の堅持を訴えているのは、国土交通省から睨まれるからだ」とも質問していましたが、それに対しては「今日、我が国の自由に意見を主張できる時代に、それは考えすぎではありませんか?」と軽く受け流しておりました。菅直人議員の質問は私には屁理屈にしか思われず、聞いていられませんでした。

1月23日に開催された「道路特定財源の堅持を求める全国都道府県議員総決起大会」24日ブログの記載)での「今日の車社会における道路整備は生活の原点であり、命を守る事であり、生きる事そのものなのです」という国民の声が民主党には届いていないのでしょうか?
我が県など「生きる為に道路整備が必要な地域」に於いては道路建設に必要な安定収入確保の為の「道路特定財源は絶対に必要です」と私も訴え続けます。
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2008年1月30日 (水)

国道108号黒沢踏切渋滞対策について市長と協議をしました。

Nec_0201 私の住んでいる地域の動脈である
国道108号の黒沢踏切の渋滞対策について柳田弘市長と協議をしました。
同席頂いたのは鷹照賢隆副市長と猿田建設部長でした。説明者は私と黒沢踏切当該地域である由利地域の私の後援会長でもある村上亨市議会議員でした。黒沢踏切の課題については一昨年、平成18年11月に現況と課題について市と市議会とで協議が開始されております。
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まず同席者全員でこれまでの経緯の確認をしました。
「踏切に信号機付き遮断機に変更して一時停止の義務解除が出来ないか」との視点で、由利本荘警察署、由利地域振興局への説明の様子は私のブログの11月15日に記載しておりますし、県警本部の交通部長及び交通規制課長への説明の様子は11月21日に記載しておりますし、更に、県警交通部長と交通規制課長への再訪と県建設交通部長と交通政策課長への説明については12月21日に記載しておりますので一読して下さい。
その際「事業の必要性・妥当性・緊急性の3つの要素について最優先である事が必要です」と回答を受けておりました。
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Nec_0199 その後、1月11日に由利本荘市の建設部猿田部長と佐藤課長から次善の策として、踏切部分の国道を一車線拡幅して渋滞緩和を図る計画も検討に値するとの状況説明を頂いておりました。
1月23日に「道路特定財源を求める都道府県議員総決起大会」に参加し、その際に配布された全国道路利用者会議資料の冒頭に「踏切は命と時間を遮断する」とのタイトルを見て踏切対策は道路利用者にとって全国的な課題である事を再確認しました。1月24日のブログにその写真も記載しております。
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Nec_0202 今日の協議ではこれまでは県当局と県警に対しての要望活動でしたが、今後私が活動する為のバックアップとして、県議会に対して市長からと「沿線市議会議員有志の会」を創設して頂き、陳情書を提出して頂きたいとお願いしました。
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県議会に陳情書が提出されますと所管する建設交通委員会に諮られて協議の対象となり、議事録に記録として残ります。多くの市民の声の集約であるとして捉えられて、私の要望活動の応援団となっていただくことが出来ます。
市長から賛同を得て、猿田部長が関係部局と連携を取りながら手続き作業を進める事で協議は終わりました。

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2008年1月29日 (火)

仙台 ケヤキ並木の「一部伐採」作業始まりました。

Img0006  仙台市の象徴として親しまれているケヤキ並木の一部伐採作業が28日、始まった。市営地下鉄の駅建設に伴い、伐採か移植かで議論となったが、最終的に27本伐採、17本移植で決着していた。作業は4月末までに終わる予定だが、杜(もり)の都の風景も少し変わりそうだ。
 ケヤキは1950年、戦後の復興の象徴として目抜き通りの青葉通に植えられた。現在223本ある。梅原克彦市長は昨年1月、50本を公園などに移植すると表明したが、1億6000万円が必要とされ、市議会などで「負担が大き過ぎる」と論議になった。
 市は市民アンケートの結果も踏まえ「37本伐採、7本移植」と方針転換。その後、市民団体が寄付を募るなどし、さらに10本の移植が決まった。
 この日は午前10時ごろ、枝のせん定作業が始まった。東京出身で56年に仙台に移り住んだ主婦、郷家陸子(ごうけ・りくこ)さん(75)は「来たばかりのころは家もなくて殺風景だったけど、ケヤキの緑はとても美しく、元気をもらった。伐採はかわいそう」と話した。

1月28日16時17分配信 毎日新聞
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* ----ケヤキに関する仙台市の公式HPは、こちら です。---
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200710251058000 私のブログの10月26日に記載しておりますが熊本県熊本市内の中心部を流れる「白川水系整備計画」ですが熊本城や市役所のすぐそばの現地で説明を受けました。説明者は  国土交通省  九州地方整備局  熊本河川国道事務所の調査第1課長の島元尚徳氏他1名でした。河口から18kmを所管しているがその内、市内中心部の10kmを緊急対策特定区間として、10年間、350億円で整備しようとする事業です。特に注意している事は、「景観を壊さないで!」と言う市民の多く要望に応える為に樹木を移設すると決めました。その為に大きな樹木の幹には麻布が巻かれ、根回しがされておりました。市内の中心部の工事になりますので、細心の注意を払っています、との説明がありました。
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説明者からは仙台市のケヤキ伐採計画も承知の上で、「それぞれ事情がありますので」との感想でした。

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2008年1月28日 (月)

大阪府知事選挙で橋下徹氏が当選しました。

14072811966766291 1月26日の記事で、高知の尾﨑正直知事(40)が全国最年少の知事だとご紹介致しましたが、この度の大阪府知事選挙にて橋下徹氏(38)が当選
更に若い知事が誕生する事となりました。
橋下氏は東京生まれの大阪育ちで、早稲田大学を卒業して弁護士となり、テレビなどでタレント活動もしておりました。7人の子持ちである事でも有名です。
橋下徹氏のプロフィールなどは公式ホームページ 
http://www.hashimoto-toru.com/index.html をご覧下さい。
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Yun_4039 大阪では33年振りの国政与野党3極の対決となり、しかも、年内とも予想される総選挙の前哨戦とも言われたこの知事選で、与党が推した橋下氏が勝利したことは、我が自民党に於いても弾みとなる結果です。
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政権政党である自民党推薦知事として責任ある府政運営を望みます。

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2008年1月27日 (日)

東京・杉並区和田中の夜間授業       「夜スペ」スタート

教育界で初めての試みである、公立学校の教室で私立塾講師が勉強を教える試みが始まりました。
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生徒にとっては塾まで通う必要が無くなり、保護者にとっては塾代が約半分になり、塾側では教室使用料を支払わなくても良くなるという、この方式では三者が皆得を得る事になります。
只、学校管理者である都教育委員会が懸念した事は、公共財産である公立学校の教室を一部の生徒に使用させる事は、「公共財産の使用の観点と義務教育の機会均等の観点などから不公平になりはしないか?」との点でした。しかし、課題をクリアーして26日から授業が始まりました。

この事はNHKの午後7時の全国ニュースでも報道されました。
下記は毎日新聞の記事ですが、アドレスを貼付して皆様にお知らせしようかとも思いましたが、新聞記事は数日経つと削除されてしまいますので、内容をコピーして後日の為に記録に残します。
 
 東京都杉並区立和田中学校(藤原和博校長)で26日午前、夜間授業「夜スペシャル」(夜スペ)が始まった。塾講師が、公立中で、有料の受験対策をする異例の試みで、都教委が一時再考を求めるなど波紋が広がった。土曜日のため授業は午前9時~11時半にあり、報道陣約40人が詰めかけた。
 この日の科目は、英語。視聴覚室で大手進学塾「サピックス」の男性講師が教壇に立った。問題が書かれたプリントを生徒11人に配り、授業を開始。最初の問題は、英語で書かれた「なぞなぞ」。頭の体操をした後「節分」を英語で説明する問題が出され、生徒は頭を悩ませながら一生懸命に答えを書き込んだ。
 保護者代表の金子純代さんは
「息子は塾に行きたがらなかったが『学校でやる授業なら行きたい』と意欲をみせてくれた。楽しんで勉強し、学力が伸びてくれたら。」受講した女子生徒は「面白い問題だったけど、難しくあまりできなかった」と苦笑いしていた。【三木幸治】
毎日新聞 2008年1月26日 東京夕刊
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080126dde041100072000c.html
昨年11月中旬、学校に届いた1通のダイレクトメールが夜スペの企画を生むきっかけだった。大手進学塾「サピックス」(東京都中央区)が、「塾講師を使いませんか」とする手紙を、東京都、千葉県の公立中約150校に送った。いち早く手を挙げたのが、藤原校長。新しい事業展開をしたいサピックスと、生徒の学力を伸ばしたい藤原校長の思惑が一致した。
藤原和博校長は東京大学経済学部卒業し、リクルートに入社・ヨーロッパ駐在等の経験を経て平成15年に東京都で義務教育初の民間人校長として杉並区立和田中学校校長に就任しました。 藤原校長のプロフィールはフリー百科事典のウィキペディアでご覧下さい。
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この方式が功を奏して、生徒の学力向上を願い注目していきたいと思います。

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2008年1月26日 (土)

高知県議会を訪問しました。

Nec_0188 昨日に引き続き、議会運営委員会の県外調査活動の為に高知県議会を訪問しました。
説明して下さいましたのは、高知県議会事務局の岡村孝雄局長、鍵山和司次長、北俊介総務課長、森下幸彦議事課長、宮本正彦政務調査課班長、他2名の総勢7名の皆様でした。
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高知県では日本で初めて森林税環境税を導入した事でも知られ、全国的に知名度が高かった橋本大二郎知事が4期務めて退任し、全国一若い40才の尾﨑正直知事が就任しています。尾﨑知事は高知県出身で、東京大学で学び、卒業後は大蔵省(現財務省)入省、平成19年10月に財務省を退職し、12月に知事に就任した方です。
尾﨑知事のホームページは こちら です。
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調査の主題は予算審査方法(予算特別委員会で予備的審査を行い、議案は常任委員会に分割付託)でした。主題については詳しく説明をして頂き、良く理解できました。
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Nec_0197 他の議会活動説明の中で私が最も注目したのは、政策立案機能の強化について、議員提出(政策)条例の多さでした。平成12年に合併処理浄化槽設置推進に関する条例を始め、9本の条例を成立させていました。主なるものを紹介致しますと、「緊急間伐推進条例」「がん対策推進条例」「暴走族等の根絶に関する条例」等があり、私は早速参考にさせて頂き、秋田県議会でも取り組む様に活動しようと思いました。
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Nec_0194 ちなみに我が秋田県議会提出の県条例は「農林水産業と農山漁村を元気づける条例」と「リサイクル製品の認定及び利用の推進に関する条例」の2本が成立されております。私は自分の県議会議員活動に必要な資料はパソコンを使ってネット検索して調べておりますが、やはり直接説明を受けると良く解ります。この度の四国3県の調査は実に収穫の多い調査となりました。
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Dvc00270_m 高知龍馬空港で昼食を取り12時30分発の飛行機で太陽がサンサンと降り注ぐ南国土佐を出発し、羽田空港で乗り換え、午後5時30分に秋田空港に着いた時には猛烈な吹雪でした。空港駐車場に乗り捨てていたマイカーは雪だるまの様になっていました。スノーブラシをかじかむ手で握りしめ「平成22年度には立体駐車場が出来るからこの苦労はなくなるぞ」と言い聞かせながら雪を払い除け帰宅しました。

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2008年1月25日 (金)

徳島県議会と香川県議会を訪問しました。

秋田県議会の議会運営委員会(15名と随行4名)の県外調査活動として、徳島県議会香川県議会を訪問しました。
Nec_0173 午前中は徳島県議会でした。調査主題は政務調査費の領収書を全ての支出について添付する事でした。説明者は徳島県議会事務局の後藤一行次長と総務課小出恭啓主観と吉成学議事課長他7名の皆様でした。
政務調査費の全額領収書の写しを添付する事が決まり、平成20年度から実行するとの事でした。これについては我が県も同じく決定しておりますので遅くはないな、と思いました。
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Nec_0176_2 他に各種の議会活動が説明されましたが、私が興味を持ちましたのは、県議会だよりを新聞掲載する事でした。その内容について私が訪ねたところ、定例県議会終了後年4回発行しているとの事でした。大きさは新聞一面を使って地方紙と全国紙の地方面全面に刷り込むだのそうです。地方紙はNec_0175 徳島県全世帯の93%が購読しており、残る3%の県民に発信するつもりで、全国紙にも掲載しているとの事でした。その為の費用は地方紙が120万円で全国紙4紙が100万円、合計230万円でした。我が県の県議会報告は年4回の定例県議会終了後に全戸配布の県議会だよりを発行していますが、どちらが効果的且つ効率的であるか、帰ったら比較検討をしてみたいと思いました。
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終了後バスで香川県に移動しました。昼食は香川県名物の「さぬきうどん」でした。私達に出されたのは「さぬきうどん」の最もポピュラーな「釜揚げうどん」でした。お湯が入った一人分の小さな樽にうどんが入っており、おちょこのタレにつけて戴きます。薬味はネギとショウガでした。秋田で本場の味を楽しむには御所野のイオンショッピングセンター2階のフードコート、JR秋田駅ビル・トピコの1階、秋田中央警察署正面向かいの蒲鉾の宮城屋、などはとても美味しいです。
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Nec_0179 午後からは香川県議会を訪問しました。説明者は香川県議会事務局の大北大次長、川辺良三議事課長、木村清貴政務調査課長、加藤正司議事課課長補佐以下6名の皆様でした。
大北次長の挨拶の冒頭に「香川県と秋田県の関係は生駒公が秋田県矢島町にお国替以来のご縁があります」と言われ、驚いて思わず私は手を挙げて「ハイ、私は生駒公をお守りしている矢島町の出身です」と言いました。
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調査主題は「県の基本計画について議決事件としている」についてでした。
香川県議会の説明を聞いて特筆すべき事は、Nec_0182 全国で唯一、本会議の後に常任委員会を開き、その後に一般質問が行われている事でした。しかも常任委員会は1日に1委員会しか開催されず、新年度の予算を審査する2月定例県議会では1委員会が3日間開催されて4常任委員会ですので12日間委員会が行われます。所属委員Nec_0181 会委員以外は全員委員外議員として傍聴するとの事でした。なるほどその様な方式を取れば、全議員が県政の全ての課題を知る事になります。
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意見交換終了後に議会棟を案内して頂き更に驚く事がありました。どこの県議会にも議長室と副議長には個室がありますが、香川県議会では常任委員長にも個室があり、更に驚く事には、議員定数45人の内、自民党議員が37名と圧倒的多数であり、議員控え室はもちろん有りますが、自民党役員室もあり、議長経験者室もあるのでした。驚く事もあり、実り多い調査活動でした。明日は高知県議会を訪問します。
Nec_0183 Nec_0185

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2008年1月24日 (木)

「道路特定財源堅持を求める都道府県議員総決起大会」に参加しました。

Nec_0158 国会議事堂の真向かいにある憲政記念館に於いて全国の超党派の都道府県議員500名が参集して表記の大会が開催されました。秋田県議会からは自民党員のみ8人が出席しました。

会場の左端通路にはテレビカメラが30台も並んでおりこの大会の注目度の高さを感じました。正面には表記の看板と4本の決議(案)が吊り下げられていました。
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Nec_0161 開会は9名の発起人を代表して島根県佐々木雄三県議会議員から大会の趣旨説明がありました。内容は「明治時代の先人は国家100年の大計を持って全国に鉄道網の整備が必要として、基礎財源を使って新橋から横浜までを初めに鉄道を敷設しました。今日では道路網の整備促進こそが我々の使命であります」と訴えて満場の拍手が起こり、参加者からの賛同の意思が表明されました。
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来賓の祝辞として冬柴鐵三国土交通大臣(公明党)から「我が国の将来発展に道路整備中期計画を確実に進める必要があり、その為の道路特定財源は堅持する必要がある」と強く訴えました。
Nec_0163 続いては登壇している自民党3役を始め10人役員を代表して伊吹文明幹事長から冬柴大臣と同趣旨の発言がありました。続けて公明党代表者からも同趣旨の発言がありました。
その次が注目されました。3人の出席した民主党の国会議員を代表して和歌山県選出の参議院議員大江康弘議員からの発言でした。彼は「我が党の一部役員が目先の利に惑わされて国民生活に多大な不安を与えている事を深くお詫び申し上げます」と発言し、これにはこの日最高の拍手と歓声がが沸き上がりました。更に続けて「我が党で私と同じ気持ちを持っている者が39名の署名を集め更に拡大する様な状況です。もう少し時間を貸して下さい」と締めくくり満場割れんばかりの拍手でした。
国民新党を代表しては亀井静香議員の実兄である亀井郁夫議員で「綿貫民輔代表は同じ趣旨の会合を主催しており、欠席します」との事でした。
113_2 続いては石原慎太郎東京都知事「私が運輸大臣だった時に作ったキャッチコピーは。【道路は文化を創る】としました。シルクロードやドイツロマンチック街道など歴史が教えていますよ、その事実も認めないバカな国会議員が居る事は情けない」との事でした。
次には4名の意見発表がありました。始めは東京都議会議員の高橋かずみ氏でした。「東京は道路整備が進んでいる、と言われますが東京都内の平均車両進行速度は時速18kmです。外環状線を初め道路整備は必要です」と訴えられました。
次は道路整備促進期成同盟会全国協議会長の福島県相馬市市長の立谷秀清氏でした。「私は医者です。重体患者を高度医療施設に搬送する際に曲がるくねった山脈越えが強いられ、カーブの度に点滴の袋が左右に振れて圧力が定まらない為に薬が入らず救える命を落とす事が度々あり、道路整備は命を守る社会資本です」と訴えられました。
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次は必要な道路整備を進める女性の会。代表の西本由美子さんからは「私には3人の息子がおり、私の宝物です。その宝物の息子達は生きる為に毎日車で通勤しています。道路整備は生きる事そのものなのです」と訴えられました。続けて大会決議の朗読と賛同の拍手があり、頑張ろう三唱で会議は閉じられて、参加した議員は各県選出の国会議員へこの熱気を伝えるべく、要望活動を行いました。
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私は翌日の議会運営委員会の調査活動参加の為に、一行と別れて羽田空港から徳島県に向かいました。
これまで各種の大会に参加しましたが、これまで経験した大会の中では最高の熱気に包まれ盛り上がった大会でした。
道路特定財源の創設に関しては私のブログの11月12日に記載しておりますし、暫定税率の期限切れに付きましては11月19日に記載しておりますのでご一読下さい。関係資料のアドレスなどもすぐ確認できる様に記載しております。

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2008年1月23日 (水)

由利本荘青年会議所の新年会に参加しました。

Nec_0155 青年会議所(略してJCと呼びます)とは世界に共通する仲間を持ち、現在全国には38,000人の会員を擁し、東北地区では4,000人、単位組織である由利本荘青年会議所には45人が在籍しております。
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会員資格はより良いふるさとを作ろうという志が有れば誰でも入会できます。但し20才から40才までと云う年齢制限だけがあります。その年齢制限故にこの組織にはいつでも若いエネルギーが漲っています。私は24才で地元に帰ってきてすぐに入会し、16年間在籍しました。私にとっては数え切れない程の思い出がいっぱいある組織です。
その数え切れない思い出の中でやはり記憶に残る最大の経験は「日沿道」の早期建設を求める新潟・山形・秋田・青森の4県17の青年会議所が連携して開催した「日本海夕陽ラインシンポジウム」ですね。
今から21年前の昭和63年に第1回目が酒田市で始まり2回目が新潟・そして第3回を我が由利本荘青年会議所が主管致しました。前2回のシンポジウムに参加し、その熱気を感じていた私も本荘市での大会が所期の目的を果たせる様にと、当時の理事長、村岡兼幸君、実行委員長、小笠原良一君、等と共に実行委員会の役員として4県の県庁及び市町村役場の訪問を重ねて、首長や議員の参加を求めました。
その結果、大会当日には沿線の全市町村から首長や代理、議長や議員、及び商工関係者など多くの人々から本荘市に参集して頂き、文化会館が超満員の参加者で盛会に終える事が出来ました。
式典の記念講演は、時の建設大臣であった富山県選出の衆議院議員・綿貫民輔先生(現・国民新党 党首)でした。その後、テーマごとに3つの分科会に別れて会議を開き、再度文化会館に集合して分科会報告と決議の承認などがありました。(その時の様子は式典・分科会・全体会議の何れもビデオテープに録画しておりますので、事務局に保存してあると思いますが、私も一式持っております)
あの当時は道路公団の全国高速道路建設予定地図に日沿道は予定路線を示す点線すらない状況でした。それが関係者皆様の努力が結集して20年の月日を掛けて、昨年の9月17日に西目パーキングエリアで行われた開通式のテープカットに立ち会った時には嬉し涙が溢れました。
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Nec_0153 新年会は参加者全員の起立を求めて国歌斉唱・メンバー及び経験者によるJCソング斉唱・JC宣言の朗読・JC宣言の唱和と粛々として進められます。
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式典の初めには2008年度新理事長に就任した橋本聡君から就任の挨拶と決意表明がありました。
Nec_0154 *
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続けて祝辞として由利本荘市市長代理の副市長、にかほ市市長の祝辞を代理の方から読み上げられ、組織からは4,000人の会員のトップリーダーである、塩釜の東北地区会長からの祝辞がありました。
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続けてシニアクラブの会長である伊藤恒先輩の音頭で乾杯をして、懇親会になりました。和やかな中にも熱気を感じる懇親会でした。途中Nec_0157で新年度の役員の紹介があり、ずらーと壇上に整列しました。
「よ~し、今年は頼んだよ、頑張れ」との思いで見ていました。
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中締めは5代目理事長であり、現在秋田県及び由利本荘市の商工会会長である村岡淑郎氏のご発声で「一発〆」で締めくくられました。
昔の私がそうであった様に若い会員達は2次会へ向かうのでした。
私はその背中を見ながら、自分は40才の定年卒業してから15年も経ったんだなあと自分の年を知らされた会でもありました。

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2008年1月22日 (火)

政党懇談会が開かれました。

前回開催された定例県議会から本日までの県政現況報告を知事が自民党控え室に来て説明します。

Nec_0146
1.市町村消防の広域化について
国の消防組織法の改正(平成18年6月14日公布・施行)新たに「市町村の消防の広域化」の規定が盛り込まれた。それを受けて我が県では

(1)本県の自然的・社会的特性への配慮
県土面積が全国6位と広く、都市部を除き多くの集落が点在しており、地形、気象条件、人口、交通事情等、本県の自然的・社会的特性に十分配慮する必要がある。
(2)医療機関との連携の確保
消防において生命の安全確保の根幹をなす救急業務については、地域の中核的な病院等のエリアを考慮した一定のまとまりのある規模とする必要がある。
(3)自主的な市町村の取り組みの尊重
消防力の確保のために、少なくとも概ね10万人以下のいわゆる小規模本部の解消を図る必要がある。
上記の条件を考慮しながら全県で7ブロックの広域消防本部に集約する事にした。

2.原油価格高騰に伴う緊急対策の実施について
Nec_0147_2 原油価格高騰に伴う対策が国に於いても支援対策を講ずる事となりましたが、県に於いても緊急助成事業を実施する事になりました。

○補助先:中核市である秋田市を除く市町村
○補助対象:市町村民税非課税世帯の高齢者世帯、障害者世帯、ひとり親世帯、生活保護世帯等に対して灯油購入費を助成する。
○補助基準額:1世帯あたり5,000円
○補助見込額:1億2,000万円
*
3.がん診療拠点病院の指定について
国に於いて新たに本県が推薦した次の3病院が、いずれもがん診療連携拠点病院として指定すべきものとされた。

山本組合総合病院(能代・山本医療圏)
秋田赤十字病院 (秋田周辺医療圏)
雄勝中央病院  (湯沢・雄勝医療圏)

※既 指定病院 秋田大学医学部付属病院(都道府県拠点病院)、由利組合総合病院(由利本荘・にかほ医療圏)、仙北組合総合病院(大仙・仙北医療圏)、平鹿総合病院(横手医療圏)
*
4.大韓航空本社等に対する要請について
秋田・ソウル便は、日韓航空協議(平成19年8月)により、航空自由化が決定された事から、不採算路線の撤退や減便等が促進される事が可能な状況下にあります。

秋田・ソウル便の現況は年間利用客が32,000人で搭乗率58%です。この実績から大韓航空では今年運休を検討していましたが、知事のこの度の訪問で昨年よりも6,000人多い38,000人、搭乗率70%を目標とする事で合意し、運休を見直す事となりました。
*
5.その他として、「子育て支援と教育充実に関する3度目のアンケート」を実施する事が報告されました。
*
Photo_22 午後からは議会運営委員会が開会されて、私のブログの1月19日に報告した議会改革について協議をしました。
1.総括審査をインターネット中継する事。
2.会議時間を午前9時から午後5時までとする事。
3.応招旅費の基準の変更。
4.政務調査費の領収書は全額領収書の写しを添付する事。

が、決定されました。
************************
Nec_0149 会議終了後、井上祐司福祉保健部長を訪問し、私のブログの1月16日に記載しました、由利本荘医師会からの依頼事項を担当課である医務薬事課の高橋訓之(くにゆき)課長と担当者からも同席して頂いて説明して参りました。
23日には志田清一次長と担当者が現地を確認して協議します、と回答を頂きました。
************************
Nec_0151 夕刻、由利地域振興局の農林部を訪問し、本郷礼三部長と農林企画課の渡辺兵衛課長と由利牛肥育チャレンジ・生産班の高橋佐(たすく)班長から「秋田由利牛」の増頭計画の進行状況を聞きました。

増頭計画を立てた平成17年2月には600頭だったのが、平成20年度到達目標1,200頭に対して、現在1,000頭となり順調に推移している事を確認しました。
*
今日は報告事項が多くて記事も長くなりましたので、詳しくは後日記載いたします。

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2008年1月21日 (月)

由利本荘市社交飲食同業組合の新年会に参加しました。

Nec_0145 由利本荘社交飲食同業組合は昨年の10月に創立50周年を祝う祝賀会を開催した長い歴史があります。
人々が暮らしの中でホッとする飲食業の会員が40人来賓23名での開催でした。
*
始めに組合の岡田邦雄理事長からのご挨拶がありました。我が由利本荘には明るい話題が3つあります。
1つは「日本海沿岸東北自動車道の開通
2つには「TDK本荘新工場の建設」
3つには「秋田由利牛が地域団体商標登録認定(銘柄牛)」です。これらの事を中心にしながらそれぞれの店が繁盛するように頑張りましょう、との挨拶でした。
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祝辞のトップバッターは由利本荘市の柳田弘市長でした「今日は朝8時半から伝統行事である新山の裸参りで若者達に冷や水を掛けてきましたが、桶が重くて肩がこりました」との事でした。
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続いての県の商工会長であり市の商工会長である村岡淑郎氏からは「由利本荘市商工会は今年創立50周年を迎えますが、この社交飲食同業組合は昨年50周年を迎えられており、長年に亘り協力し合う組合活動に敬意を表します」との事でした。
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続けて私の祝辞ですが、岡田理事長が挨拶で話された3つについて補足説明をして、祝辞としました。
1つめの「日沿道」については現在の終点であるにかほ市より以南では事業継続の為に用地買収が進んでいる事
2つ目のTDKの本荘新工場は、今年の5月から400名で創業しますが、来年は800名、4年後には1,400人を雇用する計画であり、投資資本金額は513億円である事、
3つ目の秋田由利牛については、目標にしていた肥育頭数 1,000頭に今年中に達する見込みが立った事などをお話しいたしました。
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続けて同僚の小田県議と加藤県議からも祝辞があり、佐々木新二由利本荘警察署長の乾杯で懇親会が始まりました。余興として豪華賞品のビンゴゲームがあり、ラムネ早飲み競争もありました。私も指名を受けてラムネ早飲みに挑戦しましたが、とても苦しい思いをしました、結果は3位でした。さすがこの組合は常日頃お客様を接待する事のプロフェッショナルですので、代わり代わりに懇談している内に時の経つのも忘れていたところ中締めの乾杯があり、一応会は閉じられました。その後は2次会を準備してあるとの事でしたが私の飲食の適量は過ぎておりましたので、失礼させて頂きました。
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2008年1月20日 (日)

寒波が居座り大雪になりました。

Nec_0139_2 13日から寒波が居座り大雪になりました。我が矢島町は鳥海山(標高2,236m)の麓の町です。毎年雪は多く降る所ですが13日から連続7日間の降雪は大変です。我が家の庭の松の木達もすっぽりと雪の帽子をかぶって枝がしなり重そうです。

夕方から我が家の前の道路の除雪作業がありました。轟音を立てながら大型ドーザーが路面の雪をはがし、ロータリー車でダンプに積み込んで雪捨て場に運びます。

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春になれば溶ける雪なのに、雪国ではこの除雪作業がなければ生活は麻痺します。除雪隊の皆様に「ご苦労様です」と声を掛けた所、「連日寝る暇もない程の出動なので体がクタクタです」との答えでした。本当にご苦労様です。

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道路はこの様に大型機械で除排雪されますが、各家の前に押し上げられた雪を処理するのは各自の責任です。

Nec_0141幸い私の町は川の水をうまく配水して雪を投げ入れる「流雪溝」を早くから敷設しましたので、市街部の「流雪溝」がある地域の方は各家々の出入り口付近にある投入口から水路に落とすと片付きます。しかし流雪溝は上流側に設置された配水ますの開口部を開閉しながら流入時間を割り当てる為に、枝線の多い所では指定時間が30分程の短時間の所もあります。しかも午前5時から30分間などのローテンションに当たった時はとても大変です。早起きをし、短時間に集中して作業をしなければなりません。流雪溝のない地域では家の出入り口の雪を道路向かいや数十メートルも離れた空き地等までスノーダンプで運ばなければなりません。

 雪処理は本当に重労働です。 このブログを見ている南国の皆様にはあまりご理解されない事でしょうね。

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2008年1月19日 (土)

自民党の議会運営委員会議を行いました。

Nec_01291 議会運営委員会は県議会の進行や規則を改正する機能を持っています。議会運営委員会では現実的実態に対応した議会運営を行うために常に改善や修正を加えています。
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この度改正する事項は、
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1.総括審査のインターネット中継をする事。
これまで本会議のみインターネットで生中継しておりましたが、総括審査も生中継をすべきとしてカメラや送信設備などの予算を要求する事が決まりました。
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2.会議時間について
これまでは本会議の開会時間を午前10時から5時までと規定されていましたが、今日高速道路網の整備等により、より早く議会に参集する事が可能と判断して、本会議開会時刻を午前9時から午後5時までと改訂する事が決まりました。
それでも最も遠い議員は議会まで冬期間3時間かかりますので大変ですが、より十分な県議会での審査時間を確保する為にその様に決定しました。
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3.応招旅費の基準変更について
これまでは招集日の旅費はJR料金とバス料金、及びタクシー代を勘案して、旅費が支給されておりましたが、この度は国家公務員法の旅費法の基準に準して、自宅から1キロメートル当たり37円で計算して支給する事に変更しました。
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4.政務調査費の領収書について
報酬とは別に支給されている政務調査費の報告書にこれまでは5万円以上の支出に対してのみ領収書を添付するのでしたが、今後は1円以上(すべて)の支出について領収書を添付する事としました。
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Nec_01281 上記の通り、議会でも自ら十分な審議活動をして尚かつ、県民に対して透明性を高めるために努力を重ねています。

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2008年1月18日 (金)

国産旅客機開発に国が支援。

表題について1月14日の秋田さきがけ新聞の1面の左肩半面に大きなタイトルで記事が掲載されており、私は興味深く読みました。秋田さきがけ新聞の全国ニュースは共同通信社から受信していると聞いております。
Pla0021012_s 秋田の地方紙にも掲載されているのですから、当然全国報道されている内容であると私は解釈しています。
記事の内容を要約しますと、国土交通省は13日までに、機体の安全性を審査するために必要な「技術基準」を策定する「航空機技術基準企画室」を新設し、三菱重工業が開発を進めている国産小型ジェット旅客機「MRJ(三菱リージョナルジェット)」への技術面での支援を本格化させることを決めた。
   ↑   ↑
写真は、イメージです。
完成予想写真は、読売新聞 中部経済 を参照ください
     ↓      ↓       ↓
http://chubu.yomiuri.co.jp/news_k/ckei071004_1.htm

MRJ実現には新たな技術基準の策定が課題。
経済産業省が開発費の三割程度を支援する方針で、国交省の態勢も強化されることで、日本の航空界にとって「悲願」と言われてきた国産旅客機の生産再開実現に一歩近づくことになりそうだ。 との記事です。
私のブログの11月17日に掲載いたしました、航空機産業に参入し三菱重工へも飛行機整備機械などを納品しております、地元企業の三栄機械さんの新工場増設竣工祝賀会で三菱重工 ボーイング-787型機 主翼製造責任者の航空宇宙事業部 部長の 丹羽髙興氏から「国産ジェット機 70人~90人定員のMRJも是非開発製造して世界の空に飛ばせたい」とスライドを交えての講話を聞いておりましたので、私にとってこのニュースはとても身近に感じられ、希望でワクワクします。

三菱重工 MRJのプロモーションビデオのアドレスはこちらです、とてもきれいな動画が見る事が出来ますので是非ご覧下さる事をお勧めいたします。
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MRJに関連する記事を探したところ読売新聞でQ&A方式でとても解りやすく説明されている記事がありましたのでこちらもご覧頂きますとよく解ります。
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現時点では4年後の2012年(平成24年)を完成目標としているとの事ですので是非実現して頂きたいプロジェクトだと期待しますし、きっと出来ると私は信じています。

地元企業の三栄機械さんへの訪問記は私のブログの10月19日に記載してありますのでこちらもご覧頂ければ幸いです。

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2008年1月17日 (木)

さとう健一郎 矢島町後援会『新春懇談会』が開催されました。

Dscn8066 ここ数日秋田県には寒波が襲い雪が降り積もる日々が続いていましたが、私の地元の矢島町に於いて後援会主催の
『新春懇談会』を開催して頂きました。
悪天候の中を150名の皆様からご参集して頂きました。懇談会の式は佐藤清圓会長の挨拶から始まりました。佐藤後援会長からは昨年の選挙における5期目の当選に対する後援会皆様からの支援の御礼と最後にこの機会に会長を勇退Dscn8067_2 し、後援会の世代交代を願いたいとのお話がありました。
それを受けて懇談会を一時中断して後援会の臨時総会が開催されました。佐藤久弥幹事長が議長となり後援会長の後継選考が議題となり、会場から「執行部一任」の声があり、佐藤議長と佐藤会長と私とで協議の結果、現副会長の「鈴木清」氏を提案した所、満場一致で採択されました。
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Dscn8069_3 すぐに鈴木新会長から「大役ですがお引き受けをして、更に強固な後援会にしたいと思いますのでご協力を宜しくお願い致します」との就任受諾の挨拶があり、満場から拍手で今後の結束を確認しました。
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臨時総会を締め切り懇談会に戻して、ご来賓の方々からご祝辞を頂きました。初めに前参議院議員の金田勝年氏のメッセージを石田秘書から代読され、続けて元官房長官秘書の村岡敏英氏から心のこもった祝辞を頂きました。
Dscn8070_2 Dscn8071_2
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次に私の県政報告をさせて頂きました。県Dscn8079_2 政報告の主題は私のブログの9月29日に記載いたしました矢島中・高連携校についてお話をさせて頂きました。矢島中・高連携校は現在建築工事が行われており、予定通り平成21年4月に同時開校できる様に事業が進行しております。総事業費は 37億8,549万円です。
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次に私達の地域の生活圏の大動脈である国道108号の前杉地区改良が進行している事を報告させていただきました。事業は平成16年に事業決定してから平成26年度の完成を目標総事業費40億円で進められます。
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同じく国道108号の東地区である道仏坂工区の改良事業は平成19年に事業採択されて、平成23年度の完成を目標に総事業費9億円で進められる事を報告いたしました。この件に関しましては私のブログの10月1日10月9日に状況の説明しております。
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県政報告の最後には今後も皆様のご支援に応えられます様に全力で活動する事をお約束いたしました。以上で懇談会を終えて懇親会へと進行しました。
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Dscn8082_2 Dscn8083_2 懇親会の始まりは後援会副会長でもあります佐藤實市議会議員から乾杯の御発声を頂いて始まりました。懇親会はお酒を酌み交わしながら矢島町の現状と未来への抱負を語り合いました。中締めは佐藤勇市議会議員から御発声を頂き、参加者皆でなみなみと注がれたコップを高々と差し上げながら乾杯で締めくくられました。
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今後も地元矢島町の為に、そして市町村合併で新たに誕生した由利本荘市発展の為に全力で活動しようと決意を新たにした『新春懇談会』でした。

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2008年1月16日 (水)

由利本荘医師会長からの相談を受けました。

Nec_01271 社団法人 由利本荘医師会の会長、佐藤誠先生は私の町、矢島町で開業しておられ、私の地元の先輩後輩の間柄故に平素から大変親しくご厚誼を頂いております。その佐藤会長が事務局長の渡邊成博氏も同行されて私の事務所までお越し頂いて相談を受けました。

内容は医師会が建設し運営している医師会病院は平成13年に現在地に新築移転しました。続けて併設されておりました由利本荘医師会立準看護学院も平成17年に医師会病院に隣接する場所に新築移転しました。
そこで医師会所有のそれまで使っていた12,000㎡の敷地と旧病院及び旧看護学院の鉄筋コンクリート造りの3階建ての建物が残っております。その未利用資産の処分又は活用が医師会の課題となっていたとの事です。
そして今、有効活用できる方策が見つかり協議を始めていますが、課題となるのは老朽化して使用不能な鉄筋コンクリート3階建て建物の処理です。医師会としては解体の方向は決定したのですが、その建物を建てた時に秋田県からの補助金を受け取って建築された経緯があり、47年使用計画の申請に対して、現在31年間の使用実態であり、その補助金の取り扱いについて県としての見解を伺いたいとの相談でした。
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私は説明を受けて、即座にその場で担当である県の健康福祉部長に電話を掛けましたが、あいにく2日間の出張だとの事でしたので、医務薬事業務を担当する次長の志田清一氏に事情を説明しました。次長からは「早速現況を調査して対処いたします」との回答を頂きました。医師会から私に送られた資料はメールに添付して県の次長に送信して、医師会側では事務局長が対応する事で話が決まりました。
この件の一区切りが付いて、夕方から約束していた会議に出席して、自宅に帰ってメールをチェックしたところ、佐藤誠医師会会長から御礼メールが届いており、恐縮しました。今日の面談の御礼と共に平成17年に開校して今春卒業する看護学校1期生の動向についての報告が記載されておりました。それによると 卒業予定者 36名中 県内勤務者 27名(内由利本荘市内 19名)、県外勤務者 8名、進学者 1名と事でした。
今日、医師及び看護師の都市集中や偏在化に対し、由利本荘医師会は地域医療の維持確保の為に自ら努力されている姿勢に対して深く敬意を表するものです。

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2008年1月15日 (火)

家内と二人で冬の海を見に行きました。

私は鳥海山の北山麓の矢島町の生まれ育ちですが、私の家内は鳥海山の西山麓の海辺の町、仁賀保町の出身です。

仁賀保町は電子部品の大手TDKの創設者である斉藤憲三氏の出身地であり、創業の町です。家内の実家はその仁賀保町の中でも小さな漁港の真向かいにあり、海が大荒れになると道路一本隔ててはいるものの、瓦屋根に波飛沫が掛かるほど海に近いところにありました。家内は常々「私の心の原風景は冬の鉛色の空と荒れ狂う海の風景よ」と言うのです。こちらでは数日前から寒波が襲来し、激しい吹雪が続いています。その外の吹雪を見て「こんな時は海が荒れて私が一番好きな海だなあ、見に行きたいなあ」と誘われていたのでした。二人で視界が開Nec_0121 ける海辺に立ちましたが、足下は一面の雪に覆われ、波に洗われる場所まで砂浜が見えて、海は白い波頭が次々と押し寄せる荒れた海でしたが、家内は「こんなもんじゃなく、もっともっと荒れた海が好きだなあ」と言いながらもずーと海を見つめていました。10分程度見つめていたところで「寒いから、貴方は車に乗って待ってて」と促されて私は車に戻りました。

この日は道路の上に掲げられている気温表示板でも-3度が表示され、気象情報でも「この冬一番の冷え込みでした」と説明されておりました。それから10分ほど過ぎたところで家内もすっかり冷え切った体で車に戻ってきました。車で5分ほど暖をとって、再度1人で海辺に立って海を見つめ続けて20分、合計40分程海を見つめ続けて車に戻り一言「う~ん、元気を貰った、見にNec_0120 来て良かった」とニッコリ。波打ち際には視界の限りカモメが一列に行儀良く並んでいましたし、また海の上でも白い翼を翻しながら多くのカモメが飛び交っていました。家内はよく若山牧水の「白鳥(しらとり)は悲しからずや海の青、空の青にも染まず漂う」という詩を口ずさむみます。自分が生まれ24年間育った生家は老朽化の為に、建て替えられてしまったし、嫁いで31年間も自分が掃除をして磨きながら、日々の生活をし、子供達を生み育てた私の家もまだ今ひとつ自分の家とは思い切れないからだと言います。車に戻ってきた家内に「だれでも自分が生まれ育ったふるさとは忘れられないものなんだろうね、だから在郷ふるさと会などは毎年多くの出身者の参加で賑わっているそうだよ」と話したところ、家内も「分かるな~」と頷いていました。皆様のふるさとはどんなところでしょうか?勿論しっかり心に抱いて大事に守っていますよね。

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2008年1月14日 (月)

由利本荘市成人式が開催されました。

この冬一番の寒気に襲われ強い吹雪が吹き荒れて真冬日となったこの日に
平成20年由利本荘市成人式が文化会館で開催されました。
Nec_01101
平成17年の市町村合併してからは第3期生となる新成人で、この度の
該当者は1,196人でその内877人、73%の出席を得て開催されました。
入り口付近は和服姿の女性が目立ち、とても華やかでした。
Nec_01111 式典は国歌斉唱から始まり、成人証書の授与が市長から2名の代表者に渡されました。市長からの式辞では「成人おめでとう、貴方たちが未来の由利本荘市の主役となりますので、期待しておりますし、頑張って下さい」との内容でした。来賓としては市議会議長を始め議員の皆様、そして我々県議会議員がお招き頂き、壇上に座らせて頂きました。来賓を代表して井島市議会議長から祝辞が述べられました。
Nec_01131 Nec_01121
続いて新成人代表の挨拶があり、とても素直な誠実な挨拶で好感が持たれました。
次には昨年11月に制定された市民憲章を参加者全員で朗読し、市歌の斉唱がありました。以上で式典が終わり、15分ほどの休憩を挟んでアトラクションが開催されました。
休憩時間には懐かしい再会を喜び合う新成人でロビーは賑わっておりました。
Nec_01151
アトラクションは新成人代表の45人が実行委員会を作り準備と運営されました。まずは舞台に大型スクリーンが降りてきて、この日の会場で録画されたインタービューの様子が放映されました。聞き手が「今年の目標は何ですか」との問いに対して「看護師や美容師など国家資格取得です」等と答えがあり、とても頼もしく感じられました。
「中学校学校恩師のビデオレター」が放映されました。
画面に自分たちの学校の先生が映し出されると「ウヮー」と会場のあちらこちらから歓声が上がりました。
その後は大抽選会が行われ、景品はデジカメや人気ゲーム機 Wii等、豪華なものだそうですが、私達はここで退席させて頂きました。
私は「新成人の今後の活躍を期待しながら、未来に光れあれ」と祈念した式典でした。

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2008年1月13日 (日)

父の親友の3回忌法要に参列しました。

父の幼なじみで同級生にして無二の親友であった安住(あずみ)勝郎氏の3回忌法要に参列しました。安住氏は町議会議員を連続8期32年間務められて、地方自治功労者として勲5等 瑞宝章 を受章されております。
平成17年2月に享年84才で永眠されました。菩提寺は京都 東本願寺を本山とする浄土真宗大谷派の広祐寺で法名は「安泰院釋勝導」と名付けられておりました。法要は住職の読経により始まりました。この宗派の読経はまるで和歌を読み上げる様な抑揚があり、歌う様に、時には演歌のコブシの様な節回しもあり、聞いていて飽きない読経です。
Nec_0106_2 Nec_01071_2
法要には家族、親戚、友人、仕事仲間など35人が参列しておりました。

安住氏は酒小売店と秋田さきがけ新聞の販売店を営まれており、現在は長男の勝さんとご家族がその仕事を引き継いで業務に励んでおります。
Nec_01081 勝さんは私の1学年後輩で学校時代は勿論、社会人になってからは地元矢島町の商工会青年部活動などで共に汗を流した友人です。読経が終わってからは故人を偲んでの会食がありました。

十分にご供養のご馳走を頂き、そろそろ帰ろうとした時に、廊下で住職の奥様に「御信徒さんは何軒位有るのでしょうか?」と尋ねた所、「こちらに住職がおりますのでどうぞどうぞ」と別室に案内されました。
住職は会食を終えて一休みしている所でしたが、笑顔で私をお迎えして下さいました。先程の疑問でありました「御信徒さんは何軒お有りでしょうか?」と尋ねた所「90軒です、少ない人数ですがその方々からお寺の護持をして頂いております」とのお答えでした。ここで奥様がお銚子と杯を持ってこられて「まあ一杯やりながらごゆっくりどうぞ」と差し出されて杯を上げながら仏教についてのお話を伺う事となりました。
私はこちらのお寺では住職を ごいんげさん と呼ばれますが、どこからその呼び名があるのでしょうか?と尋ねた所、メモを書きながら「正式には御院家様(おいんげさま)なのですがそれを縮めて ごいんげさん と呼ばれています」との事でした。更に「矢島町には4宗派6ヶ寺があり、曹洞宗が龍源寺、高建寺、祥雲寺の3ヶ寺で、浄土真宗がここ広祐寺、真言宗の福王寺法華宗の寿慶寺です。住職の事を曹洞宗では方丈さんとも呼びますし、ここ浄土真宗ではごいんげさん、法華宗では御上人(おしょうにん)とも呼ばれますが、和尚と住職の呼び名は全宗派で共通する呼び名です」とも教えて頂きました。
また、檀家(だんか)については、「江戸時代にキリスト教を排除する為に、信仰するお寺毎に民衆をまとめて、今の住民登録の様にして通行手形も発行する等の檀家制度によるものです」との説明を受けました。
そして、「和尚の話は以前説教または説法と呼ばれていましたが、今日では法話と言われる事が多くなってきました。法話の原点は”生きる”と言う事を主題にお話しするのです」との事も伺いました。その他にも沢山の仏教に関するお話を伺う事が出来、私にとっては大いに感心しながら学ぶ事が多くある懇談となりました。

話がそれてしまいましたが、表題に戻って今一度、父の親友であった安住勝郎さんのご冥福を祈り、ご家族皆様の健やかなる事をご祈念申し上げます。 合掌

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2008年1月12日 (土)

国道108号、鳥海町矢ノ本地区の改良要望活動。

かねてから交通危険箇所と認識されていた
国道108号鳥海町矢ノ本地区の改良要望活動を行いました。
矢ノ本地区は住宅密集地の中を1,300メートルの区間が狭隘な上に急坂、急カーブが続き事故の多発地点です。これまでもこの区間だけで交通事故による死亡事故が4件も発生しており、又車同士の接触事故や転落事故、更には住宅への接触による被害などが多発しております。この区間は通学道路であり、3年前に一部簡易歩道が設置されましたが、冬期間には活用できない構造であり、特に降雪期にあっては車と歩行者が共用する状況になり大変危険な状態が春まで続きます。
この地区の早期改良を求めるべく町内会では早期改良要望書を昨年末に私に託されました。町内会長始め役員の方々は中学生以上の住民全員からの署名を集め小学生からの作文も添えられての要望書でした。これを受けて県当局に要望活動を行いました。私が引率して要望活動をされましたのは、佐藤重一町内会長を先頭に、町内副会長、会計役員、婦人会長、PTA会長、地元選出市議会議員、更には自民党鳥海町支部長など8名の方々と実務を担当して頂くことになる、由利本荘市猿田建設部長、同じく佐藤建設管理課長の同行も得て、総勢11名で要望活動を行いました。
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まず午前10時に秋田県の窓口である由利地域振興局山王丸愛子局長に要望活動を行いました。
Nec_01001
同席して頂いたのは、建設部長、次長、道路課長でした。山王丸局長は「昨年末にこの要望活動を聞いて、早速現地を確認してきました。とても危険な箇所であることを強く認識してきましたので、早期に改良促進されますように努力します」との言葉でした。続けて建設部長や次長、道路課長からは具体的に全体の改良計画も立てますが、緊急に対処できる「注意喚起看板設置や横縞色つき舗装による注意喚起、待避所の設置、道路側溝をフタ付き水路への改良などを早速に実施して安全向上対策に取り組みます」との回答がありました。
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Dsc_04441 続けて、秋田市に移動して秋田県庁の中山建設交通部長及び檜森技術次長に要望活動を続けました。

秋田県の建設交通部の最高責任者である中山敏夫部長からはズバリ「この地域の危険性は十分に認識しておりますし、住宅を移設しながらの現道拡幅方式では集落崩壊の危険性も考えられますので、バイパス方式を前提にして取り組みます」と明確な答弁を頂くことが出来ました。
町内会長始め参加者は皆その言葉がズシリと響き、要望活動の手応えを感じる事が出来ました。
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一行は県議会の会議室で昼食を取り、午後からは庁舎見学を行いました。
まず、県議会の本会議場と議会運営委員会室、更に常任委員会室を案内しました。
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次に地下通路を通って県庁第2庁舎の8階にある大会議室を見学、ここは最大で280名の会議が出来る様に机と椅子が造り作られています。
次には階を下がって4階にある総合防災センターの最新衛星通信装置などを見学しました。総合防災センターについては私のブログの9月22日に紹介しておりますのでご覧下さい。
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県庁第2庁舎を後にして、県警本部第2庁舎を訪問し、全県の110番を受信する通信司令室や交通管制センターなどを見学しました。広報担当の若松氏から「警察官の定員は全国統一基準があり、人口650人に対して1人と決められており、秋田県での警察官は1,800人が配置されております」などの説明を受けました。

Nec_01041 県警第2庁舎の機能については私のブログの10月3日に記載しておりますのでご覧下さい。
最後に県警第2庁舎の真向かいにある県議会議員会館に案内し、私が議会中又は秋田市での行事の際に宿泊している6畳一間の部屋をご覧頂きました。
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以上で一日の活動を終え、一行は要望主題の道路改良についての確かな手応えを土産に午後3時30分に地元の鳥海町への帰路につきました。

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2008年1月11日 (金)

私の後援会のスタッフ会議

来る1月16日に開催予定のさとう健一郎矢島町後援会
「新春懇談会」の準備会議を持ちました。集まって下さいましたスタッフの皆様は私が今から17年前の初出馬以来ずっと変わらず私の活動を中核的に支援して頂いている皆様です。

私の後援会ではこれまで年次総会や選挙前には総決起大会などを開催しておりましたが「新春懇談会」を開催するのは今年が初めてです。
矢島町は3年前に1市7町により合併しました。
単独町だった時代には町主催の「新春懇談会」が開催されておりましたが、市町村合併以来その行事は無くなってしまいました。
町民の皆様から新春に町の現状と未来を語る機会が無くなったのは残念だ、それに変わるものとして私の後援会が主催して「新春懇談会」が開催できないだろうか、とのご要望を受けて企画しました。
今日現在で返信頂いた参加予定者は140名で最終的には170名ぐらいも後援会役員から参集して頂く事になると思います。
今日の会議で進行次第などが決められました。
私も矢島町における県事業の現状や見通しなどの県政報告をさせて頂きます。

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2008年1月10日 (木)

東京へ引き抜かれる地方の看護師

東京に居る長女から興味深い記事があるからと教えられて、これを読み他人事ではないなあと思い転写致します。
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毎日新聞 平成20年1月6日 東京朝刊より
◇残りたい、残れない
 診療科の数は20。年間の外来患者は43万人に上る。女性看護師(26)は東京都心のターミナル駅に近い大病院で働く。
 10カ月前まで宮崎県小林市の病院にいた。人手不足で、病気でも休めなかった。今は病院の借り上げマンションで暮らし、完全週休2日。「こんなに楽していいのかなあ。」うしろめたささえ感じる。
 6355511936750831 07年3月、インターネットで知った「上京ナース応援パック」を利用した。看護師専門の人材紹介業者が東京の病院の面接を受けるための交通費や宿泊費を負担してくれる。登録者は1万7000人。転職が成立すれば、本人の年収の20%が手数料として業者に入る。「いくらでも報酬をはずむから連れてきてくれ」。病院からそんな依頼もある。
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8424911985820581国は06年「患者7人に看護師1人」の手厚い看護配置をした病院に最高の診療点数をつけるようになった。入院初期に集中的な看護を施し、在院日数を縮めて医療費削減を図る狙いだ。収入を増やしたい東京の大病院は、資金力にものを言わせ地方の看護師集めに走る。女性が上京したのは、悪性リンパ腫で母を亡くしたのがきっかけだった。看護師なのに末期に適切なケアができなかった。役立つ研修を受けたことがない。東京なら学べたと思うと悔しかった。
 今の病院で母と同じ病気の患者に接することがある。「つらいときはとことん、落ち込んでいいんですよ」。そう声をかけると顔が和らぐ。あの時は、分からなかった。同じ環境があったなら、ふるさとにいたかった。
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 宮崎県小林市にある市民病院はこの2年で13人の看護師が辞めた。医師不足とも相まって産婦人科と小児科が一時、休止に追い込まれた。
 池田梨沙さん(27)は県立看護大を出て6年目。手術室担当は非番でも待機がかかり、土日も呼び出される。30分で病院に戻れる場所にいる決まりだ。結婚している看護師は、出産時期を同僚と調整している。同じ時期に2人も産休は取れない。
 地元の県立看護大や宮崎大看護学科の卒業生で過去3年、県内に就職したのは4割だけだ。医師会立養成校(6校)は8割が地元に残るが、国や自治体の補助金が減り経営は厳しい。廃校になれば地域医療が崩壊する。
 池田さんは2年前、同期の1人が東京の大学病院に転職する時「行くなら今しかないよ」と背中を押した。自分もネットで募集を見て心が動いた。でも、いつも名前で呼んでくれる患者の顔が浮かび、思いとどまった。
 農繁期になると来院が減る。具合が悪くても無理をして稲刈りしたり、牛に餌をやる。病気がひどくなって初めて来る。聞くと「ほかにやる人がおらんけん」と言う。だから早めに健康相談に乗って病気の芽を摘み取りたい。

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2008年1月 9日 (水)

自民党秋田県連の常任総務会で金田勝年氏を公認申請する事が決定しました。

昨日ご報告いたしました、秋田県第2区選出の衆議院議員 野呂田芳成先生の引退表明の際に後継者指名を受けた前参議院議員の

金田勝年氏が自民党秋田県連に対し正式に出馬表明と公認申請がありました。
1 午前10時に自民党秋田県連の鈴木洋一幹事長と鶴田有司総務会長立ち会いの下に津谷永光会長に自民党公認要請書が手渡され、午前11時に招集されていた常任委員会に諮られ、協議の結果満場一致で秋田県連から自民党本部に対して公認申請する事が決定されました。

1_2 参議院議員を2期12年間務められた金田勝年先生と私の出会いは今から13年前に遡ります。
前任の参議院議員が消費税導入逆風で自民党が負けていた秋田県で「議席奪還」を望む候補者として当時の大蔵省 主計官であった金田勝年氏に白羽の矢が立ったのでした。

時の秋田県連会長はこの度引退を表明した野呂田芳成衆議院議員、幹事長は5期目のベテラン県議会議員で私と同じ選挙区の楢岡貞龍氏でありました。
金田氏は平成6年12月に野呂田会長、楢岡幹事長からの出馬要請を受けて「少し考える時間を下さい」と答えたと私達に報告がありました。
その報告と共に「是が非でも金田氏に出馬を決意させたい」として、当時1期生だった私は若さ故に自民党秋田県連の青年部長の役職を頂いておりましたので「佐藤君、同世代の貴方達からも社会で政治は重要な役目を持つ事を伝えて決断する様にお願いして来なさい」と当時2期目で青年局長であった現在秋田県連会長である津谷永光県議とが指示を受けて、金田氏に面会に上京しました。私が42才、津谷県議が43才、金田氏が45歳の時でした。 

平成7年の丁度今頃、新年の仕事始めの数日後だったと記憶しております。
自民党本部の会議室で約1時間説得して「要請は良く解りました、ちょっと私に付き合って下さい」と金田氏に連れて行かれたのが、元総理大臣の竹下登先生の事務所でした。
大蔵省幹部候補生の金田氏の結婚の仲人が竹下登先生だったのでした。
金田氏からの事前連絡があった為に、竹下登先生は事務所の応接室であのニコニコ顔で私達を迎えて下さいました。
名刺を交換させて頂いたらすぐに竹下先生から「津谷さん、佐藤さん遠い所をわざわざ有り難う、もし金田君が政治の世界に入る決断をした際にはどうぞ手厚い支援をお願いしますよ」と私達に頭を下げられたのでした。
私達はびっくりしながらも「私達も全力で支援する覚悟ですので竹下先生からもどうぞ出馬を決意させて下さい」と言うのが精一杯でした。
そして1月下旬に金田氏は出馬を決意して大蔵省を退官し、秋田での選挙活動に入りました。
私と津谷県議も平成7年4月の選挙の際には金田氏を紹介しながら自分の選挙をして、無事に県議を継続する事となり、7月には金田氏が初当選を決めて今日まで秋田県の地域課題を共有する政治活動をして参りました。

Pim03411 当選してからの金田氏の活躍振りは私が紹介するまでもなく、大蔵省主計官としての経験を遺憾なく発揮され秋田県にとって、また国政に於いても存分な活動をされました。
平成11年には農林水産政務次官に就任、平成13年には自民党厚生労働部会長を務め、平成17年には外務副大臣として活躍された事は記憶に新しい所です。

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Nec_0094 もちろん私の選挙では応援演説など全力で支援して頂きました。
この度、私の地元とは選挙区が違う秋田県第2区からの出馬となりましたが、必ずや勝利をして、これまでの経験を活かしながら衆議院議員としての活躍を願いながら、私も全力で支援しようと決意を新たにしている所です。

祈 必勝 金田勝年候補
金田勝年候補のホームページは

こちらです。

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2008年1月 8日 (火)

野呂田衆議院議員が引退を表明し、金田勝年前参議院議員を後継者指名

既にテレビや新聞などで秋田県のトップニュースとして報道されてはおりますが、私のブログには県外からも多数の皆様からの訪問を頂いておりますので、発信させて頂きます。
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Norota_big_011_2   秋田県衆議院第2選挙区選出の野呂田芳成衆議院議員(78歳)今期限りで政界を引退することを正式に表明しました。平成17年まで自民党に所属していた野呂田先生は地盤を引き継ぐ事実上の後継者として秋田県選出の自民党前参議院議員で外務副大臣を務めて昨年の7月の選挙で3期目を目指しながらも惜敗した金田勝年氏を指名しました。
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お二人共に私にとっては深いご縁があり、私の政治活動を続けている現在までも親しくご厚誼を頂いております。
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Img21_2 野呂田先生は今から30年前の昭和52年7月に、旧建設省 文書課長の職を退職し、自民党の公認候補として、秋田県全県選挙区から参議院議員に初当選しました。
この年の4月に私は53歳の若さで父を亡くし、祖父が創業した建設業の3代目を25歳の若輩ながら代表者として引き継いでおりました。
その建設業と関連するコンクリート製品販売会社を母が経営しておりました。
コンクリート製品は東北で最大の製造会社であり酒田市に本社を置く前田製管株式会社の由利本荘地区販売を任されておりました。その縁を持って私は大学卒業後2年間の社会修行として前田製管株式会社に入社させて頂き、U字溝やヒューム管、コンクリートパイル、コンクリート橋桁などの製造を一通り経験させて頂きました。
創業社長の前田巌氏は、酒田市商工会議所会頭も務められ事業創業から発展について今でも山形県酒田市では勿論の事、東北地区においても経済界では高い評価を受けております。
山形県の第2空港となった庄内空港誘致活動の際には高齢でありながらも商工会議所会頭として自らJR酒田駅前で寒空の中を街頭募金に立ったという逸話は今でも酒田市で語り継がれています。
合わせて山形県議会議員も長く務められて議長の要職にも着かれました。
その前田巌氏が山形県議会議長だった時に旧建設省から出向されて、山形県の土木部長に就任されていたのが若き日の野呂田芳成先生だったのです。
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野呂田氏の出馬表明を受けて、前田巌氏は「これは天下の一大事」とばかりに秋田県内の自らが経営する前田製管の工場を訪問して、野呂田氏への支援拡大の檄を飛ばしました。
勿論私の所へも連絡があり、野呂田氏が本荘に来る日に合わせて、私と母を引き連れて「由利本荘地区はこの人達が支援するので何でも言いつけて下さい」と紹介されたのが今から30年前の野呂田先生と私の出会いです。
私もご恩のある前田製管の社長からの要請でもあり、自ら建設業を経営している者としては、建設省出身者は最も頼りになる候補者だとお見受けして、パンフレット配りやポスター貼り、演説会場の設営、遊説コースの下見、地元での応援演説など初めて大きな選挙活動に参加をし、貴重な経験をさせて頂きました。その後私が政治の世界に入ることなど考えもしていない頃です。
Img41 野呂田先生参議院議員1期6年を務められて、昭和58年には衆議院議員秋田県第2区に鞍替えし、連続当選8回を重ねました。その間平成7年には農林水産大臣として初入閣し、平成10年には小渕内閣で防衛庁(当時)長官に就任、改造内閣でも再任されて、3度の入閣を果たされております。しかし残念ながら平成17年の前回衆議院選挙では郵政の民営化に最後まで反対し、無所属で出馬して8回目の当選をされたのでしたが、その後自民党からは除名処分を受けてしまいました。
郵政造反組で無所属で当選した元自民党議員は13名おりましたがその後安倍晋三総裁の要請により11名が自民党に復党し、現在も無所属のままで国会議員として活動しているのは、平沼赳夫元経済産業大臣と野呂田先生と2人だけとなっております。
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初めて出会ってから13年目の今から17年前に私が県議会議員の自民党公認候補者として立候補を表明した時には野呂田先生からは「佐藤君、きっと君が立候補するだろうと思っていたよ、必ず勝ち上がって来いよ」と励まされたのでした。
自らは自民党から除名処分を受けた事の恨み言を一言も言わずに、自民党秋田県連顧問の金田勝年氏を後継指名しながら、「後継者の活動期間が必要だから今だと判断した」と、解散時期が未だ不明確な現時点で引退表明された野呂田先生の潔さに感銘し、これまでのご指導とご厚誼に深く感謝をするものです。
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衆議院議員 野呂田芳成先生のホームページはこちらです 
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明日は後継者指名された前参議院議員・外務副大臣経験者の
金田勝年氏との出会いから今日までをご報告致します。

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2008年1月 7日 (月)

TDKの本荘工場の建設が進んでいます。

TDKの本荘工場の建設が進んでいます。

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昨年の7月8日に記載した記事を再掲いたします。
私の地元由利本荘市は勿論の事、秋田県においても県民生活向上の為に必要な事として、企業誘致による雇用の拡大が望まれていたところです。そんな時にあって、電子部品の大手TDKが、秋田県が造成した由利本荘市工業団地に進出します。
まず企業名は、TDK-MCC株式会社
(本社 にかほ市、資本金 10億円、現在従業員数 916名) の
本荘工場(仮称) 企業の特色は、TDK株式会社 100%出資の子会社です。
製造製品の積層セラミックコンデンサは電子機器の多機能化、高機能化、デジタル化による需要拡大が今後も見込まれています。
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誘致の経緯は、 TDK株式会社は創設者である斉藤憲三の生誕地である秋田県由利地区での事業を拡充してきており、主要製造製品の積層セラミックコンデンサは年々需要が拡大しており、既存の工場群により近い本荘工業団地での増産体制を構築する事が重要と判断したものです。
事業所の進出計画は、投下固定資本が 513億5,100万円 
用地は本荘工業団地の全て、 250,098㎡ (約75,650坪)
建設工場面積  57,503㎡ (17,400坪)
着工時期  平成19年8月1日操業開始時期は、 平成20年5月
従業員は 創業時 400名  平成21年には 800名、
更に5年以内に達成する予定の将来計画は 1,400名

秋田県にとって過去最大の誘致企業であり、由利本荘市の中核企業となります。
現在建築されているのは第1期工事で引き続き、第2期から第3、第4期工事まで計画が立てられております。
地元市民として大いに支援し、そしてその企業活動に期待しましょう。
私のブログ1月5日記載の由利本荘市商工会新春パーティーの祝辞でも、TDK進出への祝辞を記載しておりますのでご覧頂ければ幸いです。

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2008年1月 6日 (日)

由利本荘市の消防出初め式が開催されました。

Nec_00781空は青々と晴れているのですが放射冷却現象らしく、肌を刺す様な寒さを感じるこの日に新春を飾る

消防出初め式が行われました。午前9時開始の行事の初めには、くす玉解放が行われました。のろしを合図に高所放水車に吊り下げられた金色のくす玉がNec_00851 柳田市長と可愛い幼稚園児達によって開かれ、五色のリボンと「無火災祈願」と書かれた垂れ幕が晴れ渡った青空をバックに翻りました。

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次に市長・市議会議長・消防団長・県振興局長・消防長・警察署長の皆様が壇上に並び観閲の下に分列行進が始まりました。Nec_00791_2

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先頭は幼稚園児達による行進で可愛い子供達が元気一杯に無火災を呼びかけました。Nec_00761

続けて由利本荘市消防団員が各支団毎に整然とそして力強く行進が行われました。団員800人の行進は見事なものでした。Nec_00831 Nec_00841 続けて消防ポンプ車や救急車などの装備車両の行進が続きました。

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その後、会場を文化会館に移して式典が行われました。

Nec_00861 Nec_00891_2 まず無火災祈願並びに消防殉職者に捧げる黙とうが行われ、君が代の斉唱があり、続けて長年の消防活動者の功労に対して、秋田県知事表彰、由利本荘市長表彰、秋田県消防協会長表彰、由利本荘市消防団長表彰が行われました。その後に市長からの式辞、団長からの訓辞、来賓の祝辞と続き、受賞者代表からの答辞があり、今年一年の無火災・無災害を祈念し会場参集者全員による万歳三唱で締めくくりました。凛とした空気が張り詰め今年一年間の無火災・無災害を心から祈念した式典でした。式典が終了して午後からは地元分団の新年懇親会に参加して参りました。

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2008年1月 5日 (土)

由利本荘市商工会の新春商工パーティー

私の地元の由利本荘市の商工業者数は3,730名、その内商工会加入者は2,024業者秋田県では最大の商工会であり、全国でも5番目の会員数を誇っております。その新春商工パーティーが開催されました。
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冒頭に村岡商工会長から「国・県共に厳しい財政状況にありますが平成20年度の商工会関連予算は増額されております。その期待に答えるべく我々はそれぞれの企業努力を続けましょう」とのご挨拶がありました。

続けて4人から祝辞が述べられました。
まず最初には柳田由利本荘市長からの祝辞でした。
「私達の由利本荘市は昨年高速道路が開通し、TDKの新工場が建設されており、必ずや明るい希望を持って地域づくりに励みましょう」との祝辞でした。

続けて由利本荘市商工会の顧問であります、
元官房長官の村岡兼造先生からの祝辞がありました。「秋田県立大学の本荘キャンパスが作られる時に当時の佐々木知事と5時間にわたる議論の上に、大学の分散設置を決断させて本荘キャンパスが実現しましたので、これからも市民が皆こぞって大学を支援して、活用しましょう」とのご挨拶がありました。
3番目は4人の県議会議員を代表して私が祝辞を申し述べました。

は市長の祝辞を受けて「高速道路の開通とTDKの新規工場が建設される事は私達の地域の明るい希望です」と述べた後にTDKが本荘工業団地に進出する事が昨年の3月に県庁で記者発表が行われました。
その時に記者から「日本国内はもちろん、世界の何れの地域にも新工場が建設できるTDKが本荘に新工場を建設する事になった最大の要因は何ですか」との問いに対してTDKの秋田地区総務部長は即座に「由利本荘地区にはTDKが必要としている優秀な人材が確保できる地域だからです」と答えられました。私はその言葉に感動しました。地球規模で事業展開しているTDKが私達の地域をその様に評価していてくれていた事を喜び、そして自信を持ちました。
1,400名が雇用される計画であるTDKの新工場建設については私のブログの7月8日9月25日に説明しておりますのでご参照下さい。
更に重ねて秋田県が世界の最先端技術を開発し実用化した「垂直磁気記録」についても報告申し上げました。今日の社会には無くてはならないパソコンにおける記録装置の画期的な技術です。それは今から15年前に東北大学の岩崎教授が理論構築され「その実現を目指す研究機関を作ってもらいたい」という要望と秋田県でも「将来に希望のもてる技術を作り上げたい」との思いが合致して、「秋田県高度技術研究所」が設置されました。高度技術研究所は秋田県が55億円を投資して建設され、全国から優秀な専門研究者25人を集めて15年の歳月を費やして昨年やっと実用化になりました。
少し専門的になりますが秋田県高度技術研究所で研究されておる内容はこちらをご覧下さい。
  
高度技術研究所を作るか否が県議会でも議論された当時、この技術の発案者である岩崎教授から直接その説明を受けた事がありました。岩崎教授は「現在の磁気記録の方式は磁石の基本である棒磁石のN極とS極を水平に並べています、例えると寝台列車で人を運んでいるような方法です。これを山手線のようにN極とS極を立たせて運ぶような方式です」その説明を聞き、とても解りやすく理解をする事が出来ました。
それが昨年日立製作所との共同開発で実用化のされて一躍脚光を浴びています。
その内容は日立製作所のこちらをご参照下さい。
その特許権を秋田県が売却する事とした所、いち早く高い評価額でTDKがその取得を申し出て昨年の12月県議会に議案として諮られて、議会を挙げて賛意を表明し議決されました。
先月、その高度技術研究所の工学博士の山川清志主席研究員と懇談した時に「平成20年以降に発売されるパソコンは間違いなく全て垂直磁気記録が採用されます」と断言されました。
そして「世界に先がけて秋田県で生まれたこの技術の特許が秋田県で創設されたTDKが取得して今後更なる活用が拡大される事は私達にとっても嬉しい事です」とお話しされて下さいました。
今後も秋田県で誕生したこの技術が世界の情報化に貢献される事を思うとワクワクするような希望が湧いてくる様な気が致します。
Nec_00701 Nec_00721
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もちろんパーティーは和やかに進行し、中Nec_00741 締は私の地元矢島町選出で私の後援会事務局長を務めて頂いております由利本荘市議会議員 産業経済委員長の土田與七郎市議の発声で参会者が今年の発展の希望を込めて万歳三唱で締めくくられました。 

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2008年1月 4日 (金)

平成20年の謹賀新年

皆様、新年明けましておめでとう御座います。
昨年中は私の活動報告に訪問して頂きまして有り難う御座いました。
今年もまた、日々の活動をこのブログでご報告させて頂きますので、ご一読頂ければ幸いです。
Nec_0068 1月3日は毎年恒例の私の町内の新年会が開催されました。
まず大場町内会長のご挨拶があり、新年を共にお祝い申し上げましたが、「世帯数が150世帯有るにも拘わらず、新年会出席者が40人程度とは残念です。しかし、社会生活の基本は町内の相互扶助が大切ですので今後も町内活動へのご協力を宜しくお願い致します」との事でした。

続いて私もご指名を頂きましたので、新年のご挨拶をさせて頂きました。
主なる内容は、新年のお祝いを申し上げますと共に本年が皆様にとってより良い年になります事をご祈念申し上げます、と申し上げた後に秋田県が我が矢島町で進めている3つの事業について説明をさせて頂きました。

まず、全国的にも珍しい、市立矢島中学校と県立矢島高等学校の連携校についてです。
私のブログの9月29日に起工式の模様と連携校についての説明をしておりますのでご参照下さい。
建築工事は順調に進んでおり、予定通り平成21年の4月には市立矢島中学校県立矢島高等学校が棟続きの新校舎にて開校致します。
次には我が矢島町の生活大動脈であり交通難所の国道108号の前杉工区がルート変更になった事を報告致しました。この事に付きましては私のブログの10月1日10月9日に説明しておりますのでご参照下さい。
事業費は約40億円で平成24年の開通を目指して事業を推進致します。
そしてもう一点は同じく国道108号の東端に位置し、旧鳥海町との町境であります道仏坂地区の改良についてです。
数種のルートを検討した結果、現道拡幅改良が最も良いルートとして決定致しました。
総事業費計画は約8億円です、図面も入手しましたら、後日に略図をこのブログに掲載致します。

宴もたけなわの頃、隣の部屋でテレビに見入っていた、5軒隣のおばさんが「ヤッター、パチパチパチ」の拍手と共に「健一郎さん貴方の母校の駒澤大学が箱根駅伝で総合優勝したよ、おめでとう」との事。
会場の皆さんからも「イヤーおめでとう、ま・ま一杯」と思わぬところで駒澤大学卒業生としての祝勝会となりました。

皆々様に於かれましては今年がより良い年になります様にご祈念申し上げます。

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