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2007年10月26日 (金)

今日は熊本県と鹿児島県の研修です。

200710250837000まず朝8時30分から泊まったホテルの会議室で研修が始まりました。テーマは

「観光地への誘客と交通機関について」です。説明者は、阿蘇市観光協会  事務局長の松永辰博氏と観光案内ボランティア協会  代表の井野貴志子さんと泊まった温泉ホテルの総支配人  猿渡英輔氏の3氏です。まず観光協会の松永氏がこれまで阿蘇は関西圏の修学旅行の受け皿として多くの来客がありましたが、近年その座を沖縄県に移行してきており、修学旅行は減少しております。4年後に全線開通する九州新幹線の開業後に観光客に来て貰える様に色々なPR活動をしております、との説明がありました。続いて井野会長さんからは、訪れたお客様に地元の観光ポイントを逃さず見て頂く為に街歩きパンフレット等を作り配布している事等の説明がありました。総合支配人には、「韓国人客が多く見られましたが、今後の対応は?」と尋ねた所「空いている部屋の活用の為に受け入れますが、我々はあくまで日本人の観光客の拡大に努めて行きます」とキッパリ回答がありました。

その後バスで移動して、熊本市内に。研修テーマは市内の中心部を流れる「白川水系整備計200710251058000画」です。熊本城や市役所のすぐそばの現地で説明を受けました。説明者は  国土交通省  九州地方整備局  熊本河川国道事務所の調査第1課長の島元尚徳氏他1名でした。河口から18kmを所管しているがその内、市内中心部の10kmを緊急対策特定区間として、10年間、350億円で整備しようとする事業です。特に注意している事は、「景観を壊さないで!」と言う市民の多く要望に応える為に樹木を移設すると決めました。その為に大きな樹木の幹には麻布が巻かれ、根回しがされておりました。市内の中心部の工事になりますので、細心の注意を払っています、との説明がありました。    

200710251139000説明を終え昼食の予定でしたが、昼食時間を縮めても、すぐ側の日本3名城と言われている熊本城を見学する事にしました。丁度今年は加藤清正が建立してから400年の年に当たり「築城400祭」が開催されており、大変賑わっておりました。      
昼食は名庭園で名高い「水前寺公園」の側でした。

200710251355000昼食後に鹿児島に移動する為に九州新幹線に乗りました。フル規格新幹線ですので、ミニ規格の秋田新幹線  こまち  より幅が広くて滑る様な乗り心地でした。

約40分の乗車で鹿児島に着きました。

200710251542000鹿児島に来たら必ず寄って貰いたい「知覧特攻平和会館」に行きました。私は3度目の訪問です。ここには太平洋戦争末期の沖縄決戦で、人類史上類のない爆装した飛行機もろとも肉弾となり敵艦に体当たりした陸軍特別隊。ここに隊員の遺影、遺品、記録等の資料を収集・保存・展示して当時の真情を正しく伝え世界恒久平和に寄与するものです。 過去2回の経験から涙無くしては見られません。私はハンカチを握り締めて会館に入りました。館内に入りすぐに壁いっぱいに張られた隊員の遺影を見ただけで涙がジワーっと浮かんできました。特攻で、陸軍では1,036名、海軍では  894名が若い命を捧げました。歩を進めて展示物を見ます。遺書が沢山展示してあります。読み進める内に涙が頬に伝わり落ちます。両親に宛てたものが多いですが、妻に宛てたものも200710251633000あります。私は毎回同じ遺書で足が動かなくなり、涙がとめどなく流れるのは、5才と3才になる子供に宛てたカタカナの遺書です。「オカアサンノイウコトヲヨクキイテヨイコニナリナサイ」との文面には胸が締め付けられます。近くに居た小学生から「あ、おじさん泣いている」と指を指されましたが、隣に居た男子高校生も拳で涙を拭っておりました。会館の主旨である「世界恒久平和」を祈らずにいられない所です。私はこの会館の展示物等を集約した本を持っておりますので、お近くで興味のある方はご一報下さい。  合掌

知覧特攻平和会館のホームページはこちらです。

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