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2007年9月

2007年9月30日 (日)

秋田わか杉国体が開会しました。

秋田県では46年ぶりとなる2巡目の開催となる
秋田わか杉国体が開会しました。
10月9日までの11日間にわたる熱戦が期待されます。
本県開催が決まった平成7年から12年間秋田県のいろいろな分野で目標としてきましたし、1,000日前からカウントダウンしていたこの日がついにやってきました。
200709291059000会場に到着するとまず出迎えてくれたのは、秋田の物産や美味しいものなどを紹介し、販売するテントの売店でした。
各県の選手団や来県された多くのお客様が列を作っていました。
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更に進むと受付のテントが整然と並んでおり、座席の指定をもらいました。200709291115000
午前11時、指定された座席に座るとまもなく、オープニングプログラムが開始されました。
多くの県民が広いフィールドでのびのびと舞い踊っていました。
200709291141000_3 200709291216000_2
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そして秋田と云えば忘れられない竿灯の出番です、ピピイピーヒャラピーヒャラ、ダンダッダーダンと200709291225000 賑やかなお囃子に乗って、青空をバックに竿灯が立ち上がりました。あいにくフィールドは風が渦巻いており、差し手は苦労しているようでしたが、それでも頑張って見事な演技でした。
沢山の演技を見ているうちに時の経つのも忘れていました。200709291320000
鮮やかな布を使っての演技も大変綺麗で思わず素晴らしいとうなずいてしまいました。
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そして午後1時50分、
天皇陛下、皇后陛下がご臨席され、いよいよ各県の役員、選手団の入場が始まりました。
北海道を先頭に北から順番に47都道府県のカラフルなユニーフォームに身を包んだ選手が闘200709291428000志を胸に堂々の行進です。
昨年国体を開催した兵庫県は秋田わか杉国体の成功を祈念しますとの横断幕を持ち、行進してくれました。
都道府県の南端である沖縄県の後に、最後の入場は地元秋田県選手団の入場です。
役員、監督、選手合計で1,250人を超える大選手団で他県を圧倒しておりました。
200709291444000勢揃いした選手団が整列した景色は壮観です。
森 喜郎大会会長のあいさつ文部科学大臣の挨拶と続き、
皇陛下のおことばがありました
おことばの中に、秋田県が大雨によって多大な被害を受けた事へのお見舞いの言葉があり、大変嬉しく思われました。
続けて大会炬火の入場し、点火が行われ、選手諸君の健闘を祈るかの如く、赤々と勢いよく燃え上がりました。
式典の締めくくりは、選手宣誓でした。
宣誓者は地元秋田県選手団の レスリングの横山秀和選手(秋田商業高校教諭)と カヌーの小野祐佳選手(私の母校、本荘高校2年生)でした。
200709291506000 各県の旗に囲まれながら全選手の代表として2人で大役を果たし、見事な素晴らしい宣誓でした。
私の地元の由利本荘市では、公式種目のサッカー、ソフトボール、弓道、カヌー、銃剣道、ライフル、クレー射撃の7種目が開催されます。
選手の皆様には日頃鍛えた技と力を存分に発揮し、素晴らしい大会になりますように期待するものです。
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秋田さきがけ新聞の記事はこちらです。
秋田わか杉国体の公式ホームページはこちら  http://wakasugi.pref.akita.jp/  です。

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2007年9月29日 (土)

矢島中高連携校建設事業の起工式。

200709281033000 由利本荘市矢島町でかねてから計画されていた

中高連携校の安全祈願祭並びに起工式

が執り行われました。

この事業は矢島中学校の老朽化、矢島高等学校の老朽化そして今後避けられない少子化の現実に対処した計画です。
矢島中学校は市立、矢島高校は県立という経営主体が同一エリアに同じ棟続きの校舎で子供達が教育を受けます。
体育館や音楽室やグランドは共用します。
中高連携校の特色は中高一貫校と違い、矢島中学生は卒業後必ず隣接する矢島高校に進200709281100000 学するものではなく、希望に応じて近隣の本荘市や西目町の高校への進学する事が出来ます
秋田県では初めての試みであり、全国的にも珍しいシステムです。
矢島中学校は昭和22年に創立され、今年60周年を迎える中学校です。校舎は昭和33年に建設されてまもなく50年になりますが、建築当初は町では珍しい鉄筋コンクリート立て4階の建築物でしたのでとても斬新でした。

矢島中学校のホームページはこちらです。

一方の秋田県立矢島高等学校は 大正15年に創立され、昭和23年に秋田県に移管されて昨年創立80周年を迎えた歴史ある高等学校です。
矢島高等学校のホームページはこちらです。


その両校が共に老朽化し、その対策が検討されました。
まずはじめに矢島中学校の建設検討委員会が平成11年に始まりました。
その後、矢島高校との連携校としての規格を県と協議し、今日の着工を見たものです。

建築計画の経過はこちらをご覧下さい。

特に県立高等学校は少子化の現実をふまえ統廃合が進んでいます、特に北秋田市では歴史と伝統のある 鷹巣農林高校、鷹巣高校、米内沢高校そして市立の合川高校校が統合され1校になる計画が進められている厳しい現状です。
そんな中にあって、矢島高校は矢島中学校との連携校として独立存続される事が決まったものです。

事業費は県立矢島高校分については、Scan1_800

事業費総額が14億6,900万円、

建物本体分は14億500万円です。

市立矢島中学校分については、

土地の取得費なども含み

事業費総額が23億1,649万円、

建物本体分は12億9,255万円です。

平成21年4月の開校に向けていよいよ工事が始まりました。

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2007年9月28日 (金)

ダリアの花が今見頃です。

秋田市での用事を終えて少し遠回りになりますが秋田市雄和の秋田国際ダリア園に立ち寄りました。
200709271613000
今花の見頃でした。
昔、我が家の庭にもダリアが沢山植えられており、祖母が一生懸命に手入れをして、この季節になるととても綺麗に咲かせていた事を思い出しました。
ここには世界14カ国から集められた、700品種7000株、7万本ものダリアが咲き誇るスポットです。
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200709271615000_2
秋田空港のアクセス道路や雄物川沿いにあり、一帯は「華の里」と呼ばれています。
とても手入れが行き届いており、気持ちよく観賞が出来ました。
私が行った時も 5人の人が清掃作業に精を出していました。
200709271619000
花は人の心を和ませてくれるものですね、とても気持ちの良いひとときを過ごしました。
秋田国際ダリア園は、こちら をご覧下さい。
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*9月17日の豪雨による被害状況について
秋田県災害対策本部取りまとめの最新情報は、こちら
をご覧下さい。

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2007年9月27日 (木)

実りの秋、米の収穫が最盛期。

200709241428000 大雨から一週間が経ち、天気も晴れ上がって、米の収穫が最盛期を迎えています。
「今年の出来は如何ですか?」と聞いてみたところ、「走り回ってもタンクにたまる分量が少なくて、やや不良と感じるなあ」との答えが帰ってきました。

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私の住む由利本荘市でも農作業の効率化と合理化の施設として、籾乾燥貯蔵施設(カントリーエレベーター)が出来てから、この様な光景が多く見られる様になりました。田んぼの大型コンバインから籾受け台を設置した軽トラックに直接排出し、その軽トラックでカントリーエレベーターまで運び籾をザーと下ろしておしまいです。
このカントリーエレベーターの無い地域では、まだ各農家毎に小屋に乾燥機を設置して各自乾燥作業をして出荷します。

由利本荘市では最初に由利地区が秋田県の先鞭をつけて平成6年に設置しました。200709241435000_2

事業費は約10億円でした。

 (由利地区カントリーエレベータ)⇒
翌平成7年には大内地区に設置、更に翌平成8年には本荘地区に設置されました。
いずれも貯蔵保管量 3,000トンのタイプです。
ふるさと自慢になりますが我が由利本荘市の米は品質が良いと評価され、このカントリーエレベーターのタンク毎に買い手がつき、昨年まで売れ残しが出た事はありません。200709241444000

  (本荘カントリーエレベーター)⇒
冒頭「やや不良かな」との手応えを聞いた農家の言葉はちょっと気になりますが、今年も良い米が取れ、嬉しい出来秋となる事を期待しています。

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2007年9月26日 (水)

自民党秋田県連で豪雨災害の現地調査。

  調査報告の前に、福田康夫第91代、内閣総理大臣が誕生し、新しい閣僚も決定しました。国民生活の安定と向上の為に全力での活動を期待します。             

自民党秋田県連では、豪雨災害対策本部長である、武田英文政務調査会長を団長に現地調査を行いました。私を含め秋田市から6人が出発し、現地で3人の議員と合流します。県庁200709251138000からは高橋農政部次長、藤田河川砂防課防災監ほか4名が随行してくれました。一行は県内で最も被害が大きい北秋田市長に向かいました。到着した所で県の北秋田振興局長以下、建設、農林の各部長や担当者の約10名と合流しました。まず大館市比内の県管理河川である犀川の堤防決壊による土砂流出状況を見ました。

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200709251230000 次に25世帯が床上浸水被害を受けた集落を見ました。被災住宅では、畳は全て剥がされており、襖や障子を洗って乾かしていました。

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次に森吉地区の堤防道路の現場を見ました。200709251239000

国体開催までに片側通行が出来る様に緊急復旧工事が行なわれていました。

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200709251306000

次に森吉地区米内沢の本城頭首工の半壊現場を見ました。此処にはこの水路を利用している農家の方3名が待ちかねており、農家負担が最小限になるような方策で復旧してほしいとの要望であった。

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*次に合川地区の籾乾燥貯蔵施設を視察。床から1m50cm位の高さにクッキリと濁流の跡があ200709251339000_2  りました。施設の心臓部である配電盤が水没し、私達が視察した時には、多くの電気工事技師が復旧活動に汗を流していました。現地を視察し、報道や被害状況報告書を見て予想していたより、ずーと大きい被害であると実感しました。被災された皆様にお見舞い申し上げますと共に、自民党秋田県連も全力で復旧に努力致します。

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2007年9月25日 (火)

TDK新工場の建設が本格化。

この春、新工場建設が決定され、7月に計画が発表された、TDK新工場の建設が本格化しています。
200709221424000現在は建物の基礎となる杭打ち工事が進められており、写真の通り杭打ち機とクレーンが多数稼働しています。

建設地は本荘市の9月17日に日本海東北沿岸自動車道も開通した、本荘インターチェンジのすぐ近くです
7月に計画発表された時にこのブログでも内容の報告を致しましたが、再度報告いたします。

秋田県では15億円の支援補助金を決定しております。
企業名は、TDK-MCC株式会社(本社 にかほ市、資本金 10億円、現在従業員数 916名) の本荘工場(仮称) 企業の特色は、TDK株式会社 100%出資の子会社です。製造製品の積層セラミックコンデンサは電子機器の多機能化、高機能化、デジタル化による需要拡大が今後も見込まれています。

誘致の経緯は、 TDK株式会社は創設者である斉藤憲三の生誕地である由利地区での事業を拡充してきており、主要製造製品の積層セラミックコンデンサは年々需要が拡大しており、既存の工場群により近い本荘工業団地での増産体制を構築する事が重要と判断したものです。

事業所の進出計画は、投下固定資本が 513億5,100万円 

用地は本荘工業団地の全て、 250,098㎡ (約75,650坪)

建設工場面積  57,503㎡ (17,400坪)

着工時期  平成19年8月1日  

操業開始時期は、 平成20年5月

従業員は 創業時 400名  平成21年には 800名、更に将来計画は 1,400名

秋田県にとってこれまでの最大の誘致企業となり、由利本荘市の中核企業となります、大いに支援し、そしてその企業活動に期待しましょう。

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2007年9月24日 (月)

総裁選挙の秋田県連での開票状況。

総裁選挙の秋田県連での開票状況。

昨日、自民党の総裁選挙において秋田県連では予備選挙が行われ、投票総数などはお知らせしましたが、内訳と開票状況をお知らせ致します。秋田県連の予備選挙の結果は 

福田 康夫氏が 4,124票  

麻生 太郎氏が 4,127票 

その差わずか 3票差で麻生氏が上回りました。

開票作業を進めて最終枚数を数え上げた時に村上事務局長が 「あッ たった3票差で麻生さんです」と驚きの声を上げました。立ち会っていた私たちは「え~たった3票差だって」と驚きました。投票総数が8,251票もある選挙でわずか 3票差の僅差とは驚きました。

麻生氏が上回った事を驚いたのではなく、たったの3票差という現実に驚いたのです。そこで、万が一間違いがあっては、秋田県連の持ち票の2票対1票の割り当てが逆転する事もあるので、「これはみんなで再確認しよう」と云う事になり選挙立会人が全員で再確認の作業をし直しました。やはり間違いはありませんでした。「選挙ってこんな事があるから怖いよなあ」と話し合いながら、麻生太郎氏へ 2票、福田康夫氏へ 1票を総裁選挙の本選挙で投じる事を決定したのでした。非常に緊張した選挙開票作業でした。

9月17日の豪雨による被害状況について報告いたします。
秋田県災害対策本部、23日17時30分現在のまとめによりますと、
床上浸水 506棟、
床下浸水 736棟、
非住家の公共建築物被害 55棟、
その他の建物 952棟。
農林水産被害額 27億8,000万円、
公共土木施設被害 370箇所 50億1,000万円
と報告がありました。

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2007年9月23日 (日)

自民党総裁選挙の秋田県連の開票開始

自由民主党では安部総裁の辞職に伴い総裁選挙が実施される事となりました。自民党秋田県連では、より多くの党員・党友の意向を反映させる為、総裁予備選挙を実施しました。30数県がこの方法を採用したようです。往復ハガキによる投票です。ハガキの最終配送を待って午後9時から開票しました。

200709222113000 私も役職により、選挙管理委員に選任され開票に立ち会いました。その結果は、

発送総数  14,080枚、

投票総数  8,266票、

投票率  58.71%、

有効投票  8,251票、

無効投票  15票 と云う結果でした。内訳は総裁選挙が終わるまで発表しない事となっておりますので報告出来ません。開票結果を踏まえ地方票3票を投票割合により、津谷永光秋田県連会長鈴木洋一幹事長鶴田有司総務会長が上京し午後2時から、自民党本部で投票します。今回の選挙は国会議員票  387票、地方票  141票、合計  528票で争われます。さて新しい総裁は福田康夫氏でしょうか、それとも麻生太郎氏でしょうか、間もなく結果がでます。

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2007年9月22日 (土)

9月定例県議会が閉会。

Top 今月、5日から始まった9月定例県議会が閉会しました。
昨日報告したとおり、上程された予算案に対し、自民党が一部削除を求めた減額修正案が可決されました。
さきがけ新聞の記事 
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今定例会での補正予算額は、15億2,154万円でこれを既定予算に加えますと、秋田県の予算は 6,980億1447万円となりました。
議会の採決方法はいくつかありますが、前日の委員会までの議員の意向をふまえ、全会一致の場合は簡易採決という方法で、議長が「・・・・・について御異議ございませんか」と言うと、全員が「異議なし」と返事をし議決されます。
次にほぼ全会一致に近い圧倒的な賛成多数、または一目で賛否がわかると予測される場合には、起立採決を用います。
Photo_2
Photo_3 そして賛否が拮抗する事が予測される場合には、記名投票を採用します。
具体的には、縦横が1センチ×2センチ、長さが20センチ程の細長いプラスチックの棒に名前が記されています。
それを議場正面の壇上まで持って行き係員に渡し、その数を数えて賛否を決めるものです。
国会と同じ方法ですが、秋田県議会では一昨年から採用されました。
実は、一昨年の議会で、議長が事前予測によって「賛成多数」と宣言し可決した議案が、一人の議員が賛否の態度を変え、実は可否同数であったのです。
その間違いの責任を取って、議長が辞任する事になった苦い経験から採用されたものです。
Photo_4 いずれの採決方法を採用するかは私も所属している議会運営委員会で決められます。
今回は自民党の減額修正案に対しこの方法が用いられました。
結果は過半数を持つ自民党案が採択となりました。
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大雨被害関連についての報告を致します。
まず、20日の私の活動報告で「議会の審査を一時中断して午後3時には秋田県の災害対策本部が設置されました。」と記載しましたが、正しくは大雨警報が発せられた 17日午後に災害対策本部は設置されており、議会の審査を一時中断したのは対策会議を開いた為でした。お詫びして訂正いたします。
議会の本会議終了後、秋田県災害対策本部に行きました。
災害対策本部は県庁の第2庁舎の4階にあります。
第2庁舎は平成11年に完成した建物でその際に最新機能を持つ専用のスペースが作られました。
議会事務局から連絡を入れてからの訪問でしたので、 総合防災課の 藤井英雄 課長と 豊田五郎 防災監から出迎えて頂き、案内して頂きました。
まず通常の総合防災課の部屋から入りました、そこでは20人程の課員が業務に就いておりました。
その部屋からドア一枚の開いた所には、宿直室がありました。
県庁では職員が交代して24時間緊急時に備えて宿直しております。
更に進むと、災害対策本部のスペースがあり、机は50台位ありましたが、10人程がそれぞれの仕事をしておりました。
大きな声で「皆様ご苦労様です」と挨拶をして入室しました。
部屋の真ん中には畳3枚ほどの大きさのテーブルのセンターに畳1枚程度のサイズの秋田県地図がはめ込まれており、その上に透明シートが掛けられていて、その上から大きな被災場所などを赤マジックで記しておりました。
部屋の一面は壁一杯の大きなモニターが据え付けられておりました。
200709211451000 秋田県が持つ防災ヘリコプター「なまはげ」からの現場映像を直接映し出す事が出来ます。
隣には本部長はじめ部局長が協議出来る会議室がありました。
藤井課長からは「発生から5日が経ちましたのでだいぶ落ち着いてきました、これまでは被災情報の収集と発信でしたが、これからは復旧活動についての情報収集や発信が大事になります」との説明を受けました。
私は室内をぐるりと一周し「引き続き宜しくお願いします」と言って部屋を後にしました。
県民の安全と安心確保の為の大事な場所なのだと再確認しました。

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2007年9月21日 (金)

県議会で自民党が単独過半数。

Dsc_0360  今月5日から始まった9月定例県議会も終盤となった。これまで議論された事に結論をだす最後の委員会が開かれました。私の所属する自民党会派では今回上提された議案の内、森林環境税は6月議会に続き継続審査とする。国際教養大学の体育館建設設計費は事業縮小する事を前提に予算を修正削除する事と決定した。その意思は賛成多数で決定された。

我が県の知事は反自民で当選し、現在3期10年目だ。これまで多くの事柄で対峙する事があった。当初は自民党の多数により、多くの修正により県政を進めていたが、今から6年前に自民党の5人が脱退し知事寄りの会派を結成した。それ以来自民党は単独過半数を割り、会派の意見は通らない事が多多あった。当時政務調査会長だった私も何度か議案の修正案を提出し登壇したが賛成少数で否決された苦い経験を持っている。しかしこの春4月の選挙で自民党公認候補及び無所属で当選し、その後入党した議員を含め、総員45人中23人の単独過半数を得た。その為私達の意見が多数を持って可決される様になった。今回の議会ではつくづく過半数は有り難いと思った。         

豪雨被害についても報告します。

県の対策本部のまとめによると、更に被害の拡大が確認されている。死者  1名、行方不明  1名は変わらないが、床上浸水が  527棟、床下浸水が900棟で秋田名産の比内地鳥16,800羽が水死し、土木被害は31億円と確認された。県内で最も被害を受けた北秋田市の岸部市長は県と連携を取り、国に対し激甚災害の認定を求めるとの事です。

私の地元の由利本荘市長は現地調査に来秋した、自由民主党の政務調査会長の石原伸晃氏と秋田空港で面会し、被災状況の説明と復旧要望が出来たとの事でした。由利本荘市の柳田市長から私に「一早い情報とアドバイスをを頂き有り難う、お陰で石原政調会長に要望が出来ました」とお礼の電話がありました。良かった。私も県対策本部に対し、地元は勿論、県内の災害復旧の要望を続けて参ります。

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2007年9月20日 (木)

県議会の総括審査。

    県議会の報告の前に大雨被害の状況について報告します。この度の大雨が秋田県に大きな被害をもたらした事は連日の全国ニュースのトップで扱われている現状(さきがけOnTheWeb)です。県が取りまとめた19日午後2時30分現在の被災状況は、死者1名、行方不明1名、床上浸水  450棟、床下浸水  621棟、避難指示及び避難勧告は最大時  37,000名となりました。

北秋田市に於いては、昭和58年の日本海中部地震以来24年ぶりとなる災害救助法の適用となりました。この現状を捉え自由民主党秋田県連では武田政務調査会長を本部長とする、災害対策本部を設置しました。私も本部員に選任されました。

議会の審査を一時中断して午後3時には秋田県の災害対策本部が設置されました。午後3時10分には自由民主党本部から石原伸晃政務調査会長を団長として、5人の国会議員が20日被災現地調査に秋田県に来る事の連絡がありました。私は空かさず柳田本荘市長に電話をし「石原政務調査会長が朝10時に秋田空港に到着するので、そこに由利本荘市の災害復旧要望書を提出するように」と連絡を入れました。市長は「すぐ対応します」との事でした。後程電話があり「市長自身が要望書を持参し提出します」との事となりました。早期の災害復旧に努力します。         

Dsc_0400 県議会の総括審査がありました。総括審査は提案された事柄については勿論の事、県政全般に渡り重要な事に対し、知事始め部局長に質問するものです。この度は新たな税金導入に対しての質問が多く出されました。この質疑を受けて各々の会派で協議して結論を出します。Dsc_0357

私達自由民主党会派でも明日から協議が始まります。私も県民生活向上を念頭に協議に臨みます。

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2007年9月19日 (水)

大雨で秋田県の被害が甚大。

15日から17日まで降り続いた大雨はこれまでの記録を塗り替える程であった。県内には広い地域に大雨警報や洪水警報が発令された。NHKや民放各社で報道されていますので皆様もご覧頂いているものと思います。被害状況は1人の高齢者が避難所で死亡(原因は不明)行方不明者1名。  床上浸水  80棟、床下浸水  336棟 が確認されました。道路等の被害箇所も多数あり、引き続き確認作業中です。先月20日から22日までの大雨被害の災害査定は25日から予定されていますが、引き続き今回の災害の査定及び復旧を強く求めて参ります。                     

話は変わって、今議会に諮られている、秋田中央道路の建設工事に関わる、地盤沈下による200709181504000 補償について現地の確認をした。自民党所属の県会議員で被害が大きい国学館高校に訪問した。私は所属している建設交通委員会ですでに確認していますが、その時は県当局の案内と説明であったが、この度はもう一方の当事者である学校側の説明と意見があるとの事で再度訪問した。まず一行に被害状況の確認の案内があった。

 

200709181618000 その後会議室で意見を聞いた。「この度の被害と補償については県側から一方的なものです。この度、7億500万円で修復したとしても今後の地盤沈下の進行状況を考慮した補償説明がないと安心できない」と言う事であった。

県側の責任者である建設交通部の都市計画課長も同席していたので、今後県議会としても真摯に対応する様に取り組んでまいります。

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2007年9月18日 (火)

日沿道にかほ~岩城間が開通しました。

日本海沿岸東北自動車道は、新潟県から山形県・秋田県の日本海に沿って縦断し、東北縦貫自動車道と連結し、青森県に至る高規格幹線道路です。
「仁賀保本荘道路」と「本荘~岩城(新直轄)」は日本海沿岸東北自動車道の一翼を担い、にかほ市から由利本荘市岩城までの一般国道7号に並行する路線であり、地域の活性化・緊急時の代替路・交通環境の改善に寄与する自動車専用道路として整備されていました。今日開通した部分はにかほ~岩城ICまでの32.8Kmでその内 岩城IC~本荘ICまでの21.6Kmは、道路公団が民営化され不採算が予測される路線は建設しない事に対処する為、国と地方が事業費を分担する「新直轄方式」で整備され、この方式で造られた道路の開通は全国初です。
岩城~本荘間は平成13年度に着工し、6年の工期で総事業費は760億円でした。
本荘~にかほは延長11.2Kmで平成14年に着工し、総事業費360億円でした。
今回開通部分はこちらに地図が掲載されてありますので、ご参照下さい。
朝9時30分から現地式典がありテープカットとくす玉が開かれました。
予定時刻の現地は大雨が降り、新しい道路の上を2センチ程の雨水が流れる程激しい雨でし200709170953000た。
主催者から「まもなく雨が上がると思いますので少しお待ち下さい」とのアナウンスがあり、しばし待機しました。
およそ、10分程でその大雨がピタリと収まり、傘も差さずにテープカットと、くす玉開披が行われました。
その後、パトーカーの先導により式典参加者による初走行のパレードが行われました。
私も隊列に加わって走行しましたが、素晴らしい道路です。
そして岩城ICで降りて、催事場の体育館で関係者約300人の出席の元に会場式典がありました。
200709171107000 まず、事業者である 国土交通省 東北地方整備局 局長の 坪香 伸 氏より、式辞があり、続いて 国交省秋田事務所 所長の川原俊太郎氏より、スライドを使いながら事業の経過報告がありました。
続いて国会議員などの祝辞があった後に、国土交通省の大臣官房審議官(道路局担当) 菊川 滋 氏からも挨拶があり、閉会しました。
会場を移して、日本海沿岸東北自動車道建設促進秋田県南部期成同盟会主催による祝賀会となりました。
20年来夢に見ていた道路の開通ですので関係者みんな喜びで一杯です。
200709171217000 私も20年前からこの事業促進運動に参加していた一人として大きな喜びを覚えます。
特に私にとっては議会など県庁に行くのにこの道路を使い、更に一昨日開通した秋田中央道路を使えば通勤時間が約20分の短縮となり、私の自宅から県庁まで1時間弱となります。
この道路が目的通り、地域活性化や交通混雑の緩和、医療機関へのアクセス向上、災害時の代替路確保などの役目を果たされる事を大いに期待しております。

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2007年9月16日 (日)

秋田中央道路が開通しました。

県都 秋田市の秋田駅の東西を結ぶ「秋田中央道路」が開通し、午後から一般車両が通行出来るようになりました。私が県議会議員になりたての頃、今から17年も前に必要性や効果などを盛んに協議した大事業です。当時は鉄道輸送充実の為の「秋田新幹線」と県北部の県民への空路活用の為の「県内第2空港」建設と自動車交通利便性向上の為のこの「秋田中央道路」が県民生活向上の為の社会資本整備の3大事業と位置づけられておりました。

皆様ご承知の通り、秋田新幹線は愛称「こまち」として開業し、利用者が多くて開業間もなく5両編成から6両編成に増設され、営業本数も拡大し現在は県民の足として定着しその効果を発揮しております。

県内第2空港は「大館能代空港」として開港し日々営業されております。

そしてこの度の「秋田中央道路」の完成開通です。今後は私が議会に行く為の通勤道路になります。 今日の車社会にあって道路整備が必要であることは論を待ちませんが、特にここ秋田駅の線路を横断するには現在まで、手形陸橋と明田地下道と2箇所しか無くて、朝夕のラッシュ時には慢性的な渋滞を引き起こしていましたが、その解消を図った自動車専用地下道路です。計画では高速道路のインターチェンジから県庁までの所要時間が降雪時には現在の65分から22分と43分の短縮出来ると予測しています。 全体延長は 2,550mで総工費は686億円であり、平成13年に最初の工事が発注されてから6年の工事期間を経て開通を見たものです。地下トンネルのほとんどはシールド工法(モグラみたいに地表に出ずに機械で掘り進む工法)が採用された為、大工事にもかかわらず工事期間中、大型ダンプが町中を走り回るという光景はありませんでした。一部秋田市の名所である千秋公園のお堀部分だけは開削工法でしたので道路の側で工事している姿が見えた程度です。この事業の詳細についてはホームページがありますのでご覧下さい。

200709151230000 開通式はまず午後12時30分からトンネルの現地で神事が行われました。今日は気温が30度を軽く超える暑さで、テントを張って日陰にはなっているとはいえアスファルト舗装の蓄熱が足下から上がり、神事の間には上着までぐっしょり濡れる程、汗が噴き出しました。この開通式はいつになっても「あの時は暑かったな~」と忘れられない思い出になることでしょう。

続けてトンネル入り口でテープカットが行われました。

200709151331000 その後白バイとパトカーの先導により式典参加者による走り初めパレードがありました。私たち県議は用意されたバスに乗車しての初走行となりました。とても明るく綺麗なトンネルで、現代の土木技術の高さを感じました。

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その後、宴会施設で会場式典がありました。200709151455000 会場式典開始まで少し時間がありましたので、同僚の県議らとレストランで氷水とアイスコーヒーで水分の補給をし、やっと体の火照りがさめてきました。 会場式典では式辞があり、その後工事報告がありました。この工事の責任者である県の秋田中央道路建設事務所長が工事内容や行程写真をスクリーンに映し出しながら、淡々と説明していたのでしたが、完成を迎えた喜びを報告するあたりから感極まって説明がとぎれとぎれになってきました。やはりこれだけの大事業でしたのでずいぶん苦労したことが多かったと想像出来ます、その所長のこみ上げるものを感じ私たちも胸が熱くなりました。

そして午後4時から一般開放です。私も早速今度は自家用車でここを通ってみたくて行きました。さぞ快適に走行出来るだろうとの予想に反し、私を含めてまず新しいトンエルを走ってみようとの車両であふれかえり、付近は大渋滞を引き起こし、警察官による交通規制がされておりました。テレビニュースでも開通よりも大渋滞を報道している局もありました。県では「これは珍しさでの渋滞であり2~3日で落ち着くだろう」との事でした。まずは大事業「秋田中央道路」が無事に、しかも無事故で完成した事を喜びながら報告します。

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2007年9月15日 (土)

新築した秋田中央警察署を訪問しました。

   200709141519000 会議が少し早く終わったので、かねてから希望していた新築し本格的に業務を開始した秋田中央警察署を訪問しました。

今週初め高校時代の同級生と5人で懇親会を行い楽しい一時を過ごしました。
その際、秋田県警察の幹部であり、秋田中央警察署勤務の荒川君に 『 新築になった中央警察署を見たいな 』 と、話した所 、『私が案内するから是非どうぞ 』と言われていました。荒川君とは矢島中学校・本荘高校での同級生で特に高校への通学の時代には約40分かかる矢島線で4人掛けの座席に一緒に座っていた間柄で以来43年親しく付き合って貰っている大事な友人です。携帯で連絡を取り、約束の時間に行きました。荒川君は玄関で待っていてくれました。玄関ホールは二階まで吹き抜けで窓も大きく、明るく解放感がありました。  まず署長へどうぞ  と案内されて署長室に行き『 イヤーどうも、どうも 』と、笑顔での歓迎を受けました。高橋登署長さんとは、今年の3月まで私が県議会の教育公安委員会に所属していた時に県警本部に課長として、委員会でも答弁者席に居られ、私とも直接意見交換しておりました。委員会のみならず、懇親会でも何度か同席し、杯を交した間柄です。 『 新築の初代署長おめでとうございます。』
とお祝いを申し上げ暫し懇談。  広々とした署長室は壁面に秋田杉が使用され、暖かみを感じる部屋でした。『どうぞごゆっくりご覧になっていって下さい 』 と見送られて署長室を後にしました。

荒川君に案内されて建物見学開始。建物は地上6階、地下1階で、総工費  27億4,800万円、丸3年の工期で建設されたものです。エレベーターで5階へ上り6階は機械室ですとの説明で廊下を進むと直ぐに食堂がありました。窓も広く、展望も良く、廊下側もガラス張りの明るく綺麗です。次に見たのは大会議室で200席の机と椅子が整然と並べられていました。壁面は此処も秋田杉が張られていました。隣の部屋は大きな行事がある時に指令室となる部屋で電話やファクスやパソコンが机の上に数多く置いてありました。国体の際、ご来県下さる天皇皇后両陛下の行幸啓の際には警備本部となる所です。

4階は留置フロアで見学は無し。かなりの部屋数があるはずですが、いつもほぼ満杯と聞いて驚200709141625000_2 きました。更に下がって3階です。廊下の右半分は調べ室の小部屋かたくさんありました。此処もいつもほぼ満杯との説明を受け、また驚き、それだけ事件や事案があるのだなーと再認識しました。そして廊下の左手前には刑事一課があり、左奥には刑事二がありました。その真ん中の個室が荒川君の執務室でした。窓を背に大きな机があり、応接セットがあり、会議用テーブルもある十分広い部屋でした。荒川くんは刑事官という役職で刑事一課と刑事二課と更に生活安全課の三つ課を統括する重責に就いていました。感心しました。

更に階段を下がって2階には県民生活に名染みがが深い交通課と生活安全課と警備課がありました。その後最後に渡り廊下を進み別棟となっている道場を見学。此処もまた、壁面には秋田杉が張られてあり、エアコン完備です。剣道場のフロアの下や柔道場の畳の下にはスプリングが設置されており、使用者の健康にも十分配慮された立派な道場でした。これで一通りの見学を終えました。帰ろうとした時、今年3月まで県警本部で議会を担当してくれた佐藤氏が遠くから私の姿を見つけたと荒川くんはと一緒に見送りしてくれました。

感想は、県都秋田市における県民生活を守るのにの十分なとても立派な建物でした。状況説明が多く長文になってしまいました事をお詫び申し上げます。最後まで読んで頂きましてありがとうございました。

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2007年9月14日 (金)

県議会の常任委員会が開会。

Dsc_0333 私は県議会に於いて建設交通常任委員会に所属しています。

その委員会が開会されて所管する多くの事項に付いて意見が交されました。その中から [ 県発注工事におけるダンピング対策の強化について] を報告致します。

近年、国及び県更に市に至るまで財源不足に起因し、公共事業が激減しています。その為建設業者は生き残りをかけてのダンピング受注が多発しています。ダンピング受注(過度な安値受注)については、工事の品質低下や下請・資材業者へのしわ寄せ、労働条件の悪化、安全対策の不徹底を招きかねず、公共工事の品質確保や本県の基幹産業である建設業の健全な発展、ひいては地域経済の活性化や雇用の確保に深刻な影響を及ぼしかねないものであります。

その事に対処するひとつの方策として  最低制限価格の引き上げをすることになりました。現在設計価格の約68%となっていたものを約76%程度に引き上げる事とし、10月1日から実施する
こになりました。私もこの方策に賛成であり、その効果を期待しております。

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2007年9月13日 (木)

県議会の部局別審査が始まりました。

安部晋三首相が突然の辞任表明には驚きました。しかし政治には一刻の停滞も許されません。責任政党である自由民主党の的確な運営を期待しています。

Dsc_0326 県議会の部局審査では、まず補正予算の説明がありました。私も皆様に何度か報告致しておりました、秋田中央道路工事に伴う事業損失補償について、予想以上の地盤沈下が発生し工事現場に隣接する国学館高校の校舎に被害をもたらした。その被害補償の総額見積もりは7億5百万円であるが、工事費で対応出来る金額で不足する4億9千万円を今議会で増額補正をしたい、との説明でした。私の地元の由利本荘市長からは先月の大雨洪水被害に対し、県から対応してもらいたい旨の陳情がありました。これに対し、私も早急に且つ適切な復旧を求めます、と申し入れました。

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2007年9月12日 (水)

今日は一般質問の2日目です。

Top 3人の議員が県政全般に渡り質問しました。農業施策について、教育問題福祉や医療の充実等が質問されました。医療の充実に付いては昨日、今日と続けて問いただした所、県は地域の拠点病院となっている厚生連病院に対し、これまでの通り新築に対し3割の県費支援に加え、医療用機器の購入費や旧施設の解体費などを対象とする新たな支援を行う方針を示しました。県立病院が無い我が県に於いてはこれまでも厚生連病院に対して県費を投入して県民医療環境の充実を進めてきたが、200709110924000今後改築が計画されている、鹿角組合総合病院、湖東総合病院、仙北組合総合病の3病院が対象となり、7年間年間で総額100億円を県費で支援する事となりました。              秋田さきがけ新聞の記事はこちらをどうぞ

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2007年9月11日 (火)

定例県議会で一般質問が始まりました。

Top_2  県議会議員として大事な役割です。県政運営に対して議員としての責任を果たす大事な役割です。農業施策新しく導入しようとしている新税についてや福祉等が質問されました。35分の持ち時間の質問をする為には、資料調査や原稿を推敲するために長い人では3ヶ月、短い人でも1ヶ月はかかります。

特筆する事柄としては、寺田知事が当選直後から言い続けている知事は3期限りと言う点の質問に対して、今はただ県政運営に全力で取り組むだけですとの答弁でした。それに対して再度4期目に立候補つもりがあるのか、無いかに食い下がったのでしたのでしたが、知事は 今は全力で取り組ます、と答えるに止まりました。明日も一般質問が続けられるます。

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2007年9月10日 (月)

これが矢島のお祭りです。

Dscn7151 今日(9日)は矢島の祭典です。
400年以上の歴史と伝統を持つ矢島神明社の祭典です。
今年はその神明社の大屋根が老朽化したものを修復しようと篤志を求めたところ、町内外から沢山のご賛同を頂き、約1千50万円の寄付が集まり、立派に修復され、来る20日に竣工式を迎えます。
お祭りの始まりは町内 6丁の若者の手作りによる飾りをつけた山車を作り引き回し、小・中学校の子供や若者が舞い踊ります。
お盆を過ぎた頃から練習が始まり、町のあちらこちらからピーヒャラ、ドンドコと練習の音が聞こえ始めます。
踊りもみんな真剣に練習します。
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我が家の前を通過する山車です。
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Dscn7126 
Dscn7123館町の山車と恒例の連獅子
他町内は、CDを使った音楽をスピーカーで流し、オリジナルの振り付けを毎年考案し踊りますが、館町だけは、生の笛で踊ります。
幼い子供たちには、怖がられる存在ですが、カメラマンにとっては人気の高い町内です。
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大勢のカメラマンに囲まれ、孫がにわかにモデルとなった瞬間です。
プロもしくは、アマチュアカメラマンが年々増えていることは、矢島住人にとっては、誇らしいことでもあります。
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昨年の様子はこちら   写真や動画もご覧頂けます。
例年ですと玄関にのれんを張って、提灯を吊し、テーブルを出して踊りで汗だくの若者達や道行く人々に冷たいビールやジュースを振る舞っているのですが、今年我が家は8月の母の逝去より喪中のために、玄関飾りなどはしていません。
27a 仮装踊りと飾った山車の後、しばらくすると神様を乗せた御輿が町内を歩きます。
前ぶれの太鼓が 「ドーンドーン、カッカッカッ・ドンドンドーン、カッカッ」 という音を聞くとみんな家の前に出て御輿に拝礼します。
矢島小学校のホームページに掲載された「矢小だより」にも「この「八朔祭りについて」の学習の様子が掲載されてありましたのでこちらも紹介いたします。
写真を沢山載せましたのでしばし矢島の祭りをお楽しみ下さい。
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2007年9月 9日 (日)

矢島八朔(はっさく)祭り

200709081726000_2400年以上の長い歴史と伝統を誇る矢島神明社の祭典の日がやってきました。
五穀豊穣を祝い、人々の無病息災を願う矢島町最大のお祭りです。
今日は宵宮で神楽太 鼓が響き渡り明日の祭典を町中に知らせ回ります。
夕方にはのろしがバンバンバンとお祭り気分を盛り上げています。
夜には暗い夜空に鮮やかな花火が打ち上げられました。
音を聞きつけ、孫が大はしゃぎをし、娘を引っ張って外に飛び出していきました。
我が家の近くでの打ち上げですのでよく見えます。

ちなみに、写真の背景に写っている2階建ての住宅が私の家です。
私が生まれた年に祖父が建てた住宅ですので、建築後55年になりました。
内部を改造したり離れを増築したりして現在まで私を含めて佐藤家一族が育った家です。

さすがに私の娘3人姉妹が伸び盛りの時期に暮らすには部屋数が足りず更に子供部屋を増築しました。
その家も子供達が巣立ち、家内と二人暮らしではガランとしています。
子供達の部屋はそのままにしてありますので、帰ってくればそのまま使っています。
明日は祭典の模様をお伝えいたします。

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2007年9月 8日 (土)

地元、本荘市のホテルアイリスが増築

200709071752000 いつも会議や祝宴などで利用していた市内最大のホテルアイリスが増築し、9月10日から開業します。それに先がけて、今日7日に内覧会がありました。私たち県議や市長や副市長、病院院長など15人がお招きを受けて新館(東館)を見せて頂き祝賀の酒宴がありました。由利本荘市のど真ん中に10階建ての新しいビルの誕生です。10階の最上階には展望レストランがあり、西側には夕陽が沈む日本海が一望出来、北側には新山神社が見えて、東側には県立大学と高速道路が見えました。廊下を隔てた南側の小宴会場からは「ふるさとの自慢の山、鳥海山」が眺望出来ます。 展望レストランでは地元の特産「由利牛」と酒田の平田牧場が作る「三元豚」が味わえます。今から約20年前に立てられた本館は20億円でしたが、今回の増築部分は15億円を投資されたそうです。部屋数はこれまでの52室に加えて76室が追加になりトータル128室となりました。

スイートルームの壁には今日の日本画家の最高峰である平山郁夫氏の一番弟子である高橋新三郎氏の絵が掲げられておりました。特筆すべきは一階に「地域の美術館」が作られたことです。ホテルの公共性を発揮すべく無料で美術画や彫刻が見られます。本荘に新たな自慢が出来たという感じです。詳しくは、こちら をご覧下さい。

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2007年9月 7日 (金)

我が町の美酒天寿が米国へ輸出。

Dscn0769我が町、矢島町のふるさと自慢である「美酒 天寿」アメリカで販売されることになりました。昨年来、秋田県産業経済労働部との連携の元に日本酒の販路拡大を図るべく、秋田県内6蔵元でグループを作り、天寿の常務(大井 仁史氏)がリーダーとなってりアメリカへの輸出に挑戦していました。この度その目的が叶いアメリカ市場で販売される運びとなったようです。秋田魁新聞の一面トップニュースとして取り上げられました。記事はこちらをどうぞ 

5日、アメリカのワイン輸入卸売業者の代表が天寿の常務(大井仁史氏)と同行しながら輸出入の基本合意の報告に秋田県知事を訪れました。日本酒の味がアメリカの市民に受け入れられて販路拡大になりますよう願っています。美酒 天寿のホームページはこちらです。

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2007年9月 6日 (木)

9月定例県議会が開会しました。

200709051130000 9月5日から21日までの17日間の予定で審議を行います。
初日の知事説明の冒頭に天皇皇后両陛下の行幸啓について報告がありました。
天皇皇后両陛下におかれましては、秋田わか杉国体に際し、今月28日から30日までの御日程により、本県に行幸啓されることとなりました。
この間、国体開会式にご臨席され、バスケットボールと水泳の競技をご覧になるほか、県立大曲養護学校をご視察される予定であります。

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今回の議会に諮られる一般会計補正額は、15億3,618万円です。
また6月定例県議会に上程されましたが、「内容の説明が不十分」として県議会が継続審査とした県民に新たな税金を求める「秋田県水と緑の森づくり税」(森林環境税)も再上程されましたので審議課題となります。

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9月15日に開通予定の秋田駅の東西を地下道で結ぶ秋田中央地下道の建設に伴う地盤沈下への対応について、工事による周辺建物への影響を、平成16年に担当部局が確認していたにもかかわらず、十分な情報の提供を行わず、周辺住民の方々にご迷惑・ご心配をお掛けしたと陳謝があり、工事着手前の調査区域外にも範囲を拡げて被害状況調査の上、被害が確認された案件に対しては事業損失補償行うことを明言しました。(この事業のホームページがあります)

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この他、医師不足問題仙北組合総合病院の改築についての新たな支援策なども審議されます。
議会の機能を十分発揮するように真剣に議論を重ねて参ります。

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2007年9月 5日 (水)

国道7号全面通行止めが解除

由利本荘市内の最重要路線の国道7号に架かる本荘大橋の鋼材破断のため全面通行止めとなっていましたが、今朝6時に補修が終わり安全性が確保されたとして全面解除されました。
関係者の24時短体制での補修作業は誠にご苦労さまでした、短期間の復旧にに感謝致します。
詳しい関係記事は、さきがけ On The Web をご覧下さい。
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今日から9月定例県議会が始まりますが、秋田に行くのにここを通行できる事でほっとしています。

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2007年9月 4日 (火)

初孫の響輝(ひびき)です。

Dvc00098_m 東京に嫁いだ私の長女 美濃里の息子で私の初孫です。
3歳3ヶ月になり、やんちゃの盛りですがそれ以上にかわいさで一杯です。
この子は里帰り出産の為、実家の近くの本荘市で出産しましたが生まれてすぐに心臓に異常がある事がわかり、すぐに精密検査が行われました。
その結果 「ファロー四徴症」 と言う難病である事が判明しました。
「心臓に難病」と聞いた時には体から力が抜ける感じがありましたが、お医者様を信じて治療を託しました。
その為東京へは帰らず、私の家で治療と療養を続けました。
生まれて5ヶ月目で1回目の手術を受け、1歳10ヶ月で2回目の手術を受けました。

2回目の手術を終え、点滴の管がつながったまま回復室で麻酔から覚めた幼いこの子がやっと私たちを見つけて力なく手を振った姿は今でも忘れられません。
しかし、その後の経過は順調でお医者様からも「時折検査に来て下さい、もう大丈夫」と言ってもらえるまでになりました。
現代医学のすばらしさに感謝しました。
そしてすくすくと成長し今日に至っています。
こんな経験をしての初孫ですのでかわいさは格別のものを感じます。
誰でも皆同じことを言いますが「我が子を育てる時は夢中でわからなかったが、孫のかわいさは格別だ」という言葉には私も同感です。
特に遠くからでも私を見つけると「じーじー」を叫びながら全力で走り寄ってくる姿には愛しさがこみ上げてきます。
私が座卓で仕事をしている時には、背後から私の膝に足をかけ、更に腰を踏みつけ、シャツを引っ張り首にしがみついてよじ登り、肩車をして「やったー」と喜んでいます。
そんなやんちゃをされても決してうるさいとも感じることなく、むしろまとわりつかれる事が楽しくも感じられるのは孫ならではの事なのでしょう。
夜、寝る前には必ず私と相撲をします両手を床について「はーっけよーい」とかけ声をかけて全力で私にぶつかってきます。
一勝一敗になるのがお約束です。
その後ぎゅーと抱きしめて「明日も元気に遊ぼうね」と言って床につきます。
今年の4月に一度東京に帰ったのでしたが、お盆に帰省した折りに母の入院や葬儀があり家の手伝いで今まで残っていたのでした。
そんな娘親子ももうすぐ東京に帰ります。
寂しくなると思いますが新しい家庭を築くのを見守るのが親の役目と心得て笑って送り出してやりたいと思う今日この頃です。

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2007年9月 3日 (月)

国道7号全面通行止めで迂回路が大渋滞

二日続けて同じニュースですみません。
それだけ大きい地元の大ニュースですのでお許し下さい。
今日の秋田魁新聞の一面のトップニュースに「本荘大橋・鋼材破断で不通 腐食しやすい構造」と大見出しで記事が掲載されました。
詳しくは  さきがけ on TheWebをご覧下さい。
今日も私はそこを通り秋田に向かう予定でしたが、迂回路に誘導されました。
国道7号は東北地域日本海側の大動脈ですので当然通行車両もとても多い路線です。
その車両が一段格下の国道105号や市道を使いながら市街地を迂回させられるわけですので、信号や交差点毎に大渋滞を起こしていました。
帰りはその渋滞を避けて別ルートで帰宅しました。
復旧の見通しはまだ立っていない現状です。
早期の復旧を願っています。

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2007年9月 2日 (日)

国道7号全面通行止め

さる29日にこのブログで報告しました由利本荘市の最重要路線である「国道7号に架かる本荘大橋にサビ」と現場写真を添えて報告しましたが、その本荘大橋が修理作業中に今度は40センチ角のH型鋼材が長さ20センチ、幅約2センチにわたって破断し、全面通行止めとなりました。
現在の所、復旧のめどは立たないそうです。
今朝の魁新聞の一面と社会面にに写真付きで大きく記事が掲載される一大事です。
詳しくは 秋田さきがけ新聞ニュース をご覧下さい。
今日も私はそこを通る用事がありましたが、全面通行止めのため迂回路に誘導されました。
そこで一つ新しく驚いた事があります。
それは車載のナビゲーションシステムのすごさです。
今年5月に家内の車を新車に買い換えて最新のナビゲーションをつけました。
今日その車で出かけた所、リアルタイムで渋滞情報などを発信するVICS情報により、昨日緊急通行止めになった部分がハッキリと通行止めの表示がされておりました。
これには驚きました、携帯電話の高機能化などと同じく情報化社会の一端なのですね。

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2007年9月 1日 (土)

自宅での祭壇飾り

200708310803000 さる8月22日逝去し、24日の火葬の後自宅に備え付けた亡き母 澄子の祭壇飾りです。

ちょうど一週間飾り付け、毎朝水とお茶をお供えし、ロウソクを灯し、線香を立てて、ひたすら冥福を祈りました。

その祭壇を本日取り外し、位牌は自宅の仏壇に納めました。とても穏やかな顔をしている遺影は仏間の壁の亡き父の隣に並べて掲げました。安心したような顔に見えます。

菩提寺の高建寺住職様から戒名は 豊潤院澄月賢妙大姉 と名付けて頂きました。とても良い戒名だと思い感謝してます。                       合掌

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